ガッシャーン――と、響き渡る高級マンションの最上階一室。
妖しく光るシャンデリアに照られたソファーで頭を掻きむしる沙紀の姿。
足元には粉々に砕かれた花瓶の破片が散乱していた。
沙紀は怒りで震えながらスマホを手に持ち、血走った目で見つめていた。
ダッ――と、沙紀は怒り任せにスマホを床へと叩きつけた。
はぁ、はぁ、と肩で息をする沙紀は、憎らしそうにスマホを睨む。
一頻り頭を掻きむしると、沙紀は床に落ちているスマホを踏みつける。
――ダンッ。
――ダンッ。
――ダンッ!ダンッと、沙紀は憎々しげにスマホを踏み続けた。
沙紀はゆらりと体を揺らしながらリビングを出て寝室に向かう。
薄い紫の天蓋に包まれたベッド。
その脇にあるドレッサーディスクの引き出しを開けて、一つの瓶を取り出す。
妖しく濁った瞳で瓶を見つめると、沙紀は口元を歪めた。
ここは……ベッド? 私、いつの間にベッドで寝たの?
たしか逃げ出そうとして……
視線を向けると、安心したように笑うアルさんがいた。
そのことに私は驚いて飛び起きてしまった。
視界が歪んで、体が動かなくて……部屋にガスマスクの男が⁉
アルさんの声に振り向くと、優しく頭を撫でられた。
私の心を洗い流すような笑みを浮かべるアルさんに、私は見惚れてしまった。
同時に、私は馬鹿だと罪悪感に苛まれる。
ポロポロと涙をこぼす私をみて、アルさんが慌てふためいている。
初めてみるアルさんの姿になんだか嬉しくなるけど、それ以上に自分が嫌になる。
私はアルさんを信じることができなくて
かってに逃げて
一人で塞ぎ込んで
殺されそうになった。
そんな私をなんで……助けてくれるの?
暗殺者を住まわせている管理人なのに、どうして守ってくれるの?
知りたい。
私はもっとアルさんのことを知りたい。
不思議と、そういう気持ちが沸き上がってくる。
私は勇気を出して聞いてみた。
アルさんは驚いたように目を見開くと、一瞬視線を逸らして悲しげに笑った。
でも、すぐに私と視線を合わせて微笑む。
私を揶揄うように笑うアルさんに、恥ずかしくて頬が熱くなる。
だけど、アルさんはどこか悲そうな笑みをこぼして――
――私の手にそっと手を添えると。
アルさんは優しく微笑んだ。
私はその笑みに見惚れながら、涙をこぼした。
嬉しかった。
その言葉がただ嬉しくて、私は気づくと
と、笑いながらお礼を伝えていた。
アルさんは一瞬目を見開くと、なぜだか頬を赤くして視線を逸らされてしまった。
ちょっとショックだけど、私の心が腫れたような気がした。
――バタンッと、アルは扉を閉める。
扉に寄りかかるアルはどこか辛そうな、それでいて悲しそうに顔を歪めた。
胸元の服を掴み強く握りしめていると。
着信音が鳴り響く。
アルは一度息を吐き出してから電話にでたが……。
みるみる表情が強張っていき
握りしめた拳から、血がたれていた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。