第14話

生きた伝説
41
2020/01/28 14:24
ナバタ砂漠。灼熱の太陽と、極寒の夜。二つの地獄が人を拒む、人外の地。不用意に足を踏み入れた者は、永遠に続く砂の中をさまようことになる。オスティア侯ウーゼルが語る【生きた伝説】…。その言葉に導かれ一向は、砂漠の中へと歩を進めた。

ナバタ砂漠に着いたエリウッド一向の軍。太陽が皆を見ては、ギラギラと照らしていた。
「…暑い。僕…もう死んじゃう。」
無事回復したニルスだが、この暑さならもう限界らしい。大量の汗をかき、手を拭っていても再び流れ出す。
「おい、辛いんならおぶってやろうか?」
ヘクトルは、疲れ切っているニルスの肩を軽く叩き、呆れた表情を彼に見せた。それを見たニルスは、目を丸くし、瞬きをしながらヘクトルを凝視する。
「ヘクトル様が優しくしてくれるなんて…!僕、変な夢でも見てるのかな?」
「どーゆー意味だよ!俺はただ、この間みたいにお前がぶっ倒れないかと…」
ヘクトルが優しく接する事が、珍しいと思っていたニルスは、ヘクトルに向け直接口を零しながら、へらりと笑う。
「日頃の態度が雑だから誤解されるんでしょ?ニルス、遠慮しないで甘えちゃなさいよ。」
リンから、優しげな言葉を掛けられたニルスは、少し戸惑いを見せる。先日、倒れた事に原因を持ちながら、また皆に迷惑を掛けてしまうじゃないかと。
「ガキは素直が一番だぜ?」
力に任せたヘクトルが、ニルスを抱え、肩に担ぐ。所謂、肩車だ。ニルスは自ら見上げた空より余程高くなっていたのか、恐怖心と驚愕の表情を混ざりながら、両足をばたつかせる。
そんな三人を見つめていたエリウッドとニニアン。辺り一面は砂漠で、歩く度に砂利の音が混ざり合う。
「…オスティア侯様は、この砂漠に入り、西を目指せば迎えが来ると、おっしゃいましたけど。…まだ、現れないようですね。」
「もっと先に行かないと駄目なのかな?」
エリウッドは頭を悩ましながら、ニニアンに向けて口を零す。ニニアンは首を縦に振り、頷く。
進めば進むほど、頬から浸り出す汗。右手で拭っては、息切れが目立つ様になるのは疎か、何時になったら、【生きた伝説】に会うのだろうか。
「…不思議なのです。」
「何が?」
ニニアンはぽつりと口を濁す。神秘的で物静かな少女が、砂埃が舞う風に吹かれながら、ぼやく。
「エリウッド様達は、わたし達姉弟と…普通に接して下さいます。…気味が悪くないのですか?人と違う…力や体の事…とか…。」
「そんな事を気にしていたのか。いいじゃないか、少し位人と違う所があったって。ニニアンはニニアンだろう?僕から見た君は、心の優しい普通の女の子だよ。」
そう言われたニニアンは、瞬きをしながら少しだけ、微笑んだ。

「…誰か近付いてくるようだ。」
とある神殿にて、白髪の老人は目を見開く。隣に居た金髪の女性は、不思議そうに見つめた。
「パント様でしょうか?」
「いや、オスティアのウーゼルが遺した者達だ。ホークアイが気付きじき、此処に案内するだろう。…ふむ、お主の連れはまだ砂漠で探し物をしておるよ。」
女性の連れである、エルトリアに住む魔道士であるパント。彼はひと月前からある探し物に没頭し、探索を練っているらしい。稀に日を跨ぐ事もあるが、パントは気にすることは無かったようだ。
「中々見つかりませんのね。」
「いや、もう間もなく手に入れるだろう。…それよりも、砂漠に巣食う強盗団が動き出したぞ。パントを見つけ、襲い掛かる算段をしておるわ。」
今パントが探している場所である、砂漠。そこに老人が口を零した強盗団。どうやらパントが探していた物を取り返そうとしていた。
「まぁ、そんな…。」
「彼の身が心配かね?」
老人。いや、【生きた伝説】と呼ばれている大賢者アトスは、パントの妻であるルイーズを見つめる。
「いいえ、パント様ならお一人でも大丈夫です。ただ、此処へ戻ってくるのが遅くなってしまうのでしたら…。」
「なんじゃ?」
「お夕食は、先になさいます?私は、パント様をお待ちしますが、大賢者様は空腹なのではありません?」
パントの帰りを待つ筈のルイーズは、アトスに夕飯の支度をしようとした刹那、アトスから不気味な笑い声が、神殿の中に響き渡った。
「大賢者様?どうかなさいまして?」
「…ルイーズよ。全く、面白い娘じゃの。パントがお前を連れてきてから、わしは10年分は笑った気がする。礼を言うよ。」
「よく、わかりませんけどお役に立てて、何よりですわ。」
ルイーズは天然なのか、アトスの言っていることは果たして分かっているのか、分かっていないのか。そんな事は知れず、再びアトスは笑い出す。
「…そういえば、お客様はリキアの方ですよね。どんな御用なのでしょうか?」
ルイーズはとても興味深く、楽しみにしていたが、アトスの表情は突如、曇り出す。
「…回り出した歯車は誰にも止められぬ。しかし、"希望"がある限り人は、足掻き続けるのだろう。…先に待つ、絶望を知らず…。」
回り出す歯車、それはどう意味なのか。もしやアトスは、ルイーズが先程口を零した、リキアの皆。孤立しているエリウッドと、悲劇を偽るアイカ。この二人の分岐を読み解いたのだろうか。
この先には、二人の希望と絶望が折混ざるのは、もう直ぐだ。

「あの、エリウッド様…。」
ニニアンは小さくエリウッドを呼び掛ける。物静かな彼女は、不思議な力を察する能力を持っているが、今使うと先日のニルスの様に、倒れてしまう事があるかもしれないので、やめた。
「ニニアン?」
「向こうで…誰かが襲われています。」
ニニアンが指を差した方向には、一人の魔道士パントと、二人の強盗団が瞳に映し出す。
驚愕したエリウッドは、ヘクトルとリンを呼び掛けたが、二人は元気過ぎるあまり走り出した。
「おい、二人共!?」
二人に置いて行かれるエリウッド、そして彼の隣に居たニルスは、呆れた表情をした。
辺り一面砂漠地帯。回復を扱うプリシラや、リンディス傭兵団であるケントとセインには、馬の蹄が合わないのか、とても不利だ。
飛行であるヒースとフィオーラ、フロリーナが出撃を三人の替わりとなる。
「う~ん、実に興味深いですね。」
砂漠を歩き、闇魔道を片手に持ちながら、戦が始まるというのに、能天気な言葉をぶつけたカナス。皆がカナスを凝視する最中、カナスの口は動き出す。
「ナバタは魔道士にとって夢の地なのです。貴重な魔道のアイテムが、偶然手に入る事もあるそうですから…。あ、勿論戦いもちゃんとします、はい。」
最後にカナスはへらりと笑い、闇魔道の頁を二枚捲りだした。
動きづらいのか、皆が苦戦する中、天馬やドラゴンを扱う三人は、弓を扱う敵兵に気を配りながら、進軍する。
「…あまり多くは無いらしいな。ここから慎重に進むぞ。」
ヒースは自分の後ろに居る、フィオーラとフロリーナに気遣っているのか、二人は自分の後を追えず、待機しながら進軍する様に、伝言として伝えた。
辺り一面砂漠であろうこの地は、踏めば踏む程大量の砂粒が靴の中に入り込み、身動きが取れなくなるのか、一度脱いではまた履くという繰り返しにより、ヘクトルは呆れた表情を顔に映し、靴を投げ出した。
やっとの事。時間は大分掛かってしまっただろうか、エリウッドは汗を拭いながら、パントに安否確認の為か、話し掛けた。だが、パントの口からエリウッドを驚愕する言葉を放った。
「やあ、こんにちは。いい天気だね。」
「え…。あ、はい。」
突然の事により、一瞬だがエリウッドの頭の中は真っ白に変わる。この人は何を言っているんだ。今は戦時中だというのに、こんな呑気な言葉を口にするとは、誰もが思いもしなかった。
「済まない、今は少し取り込み中でね。」
パントは、エリウッドに小さく微笑み、その場を立ち去る。

敵将である二人を打ちのめしたエリウッド一行の軍。酷く疲れたヘクトルとエリウッド、リンはあの金髪の大男が気になっているのか、悩みだした。その時。
「否。」
三人の目の前に現れた、その名はホークアイ。彼は此のナバタ砂漠を護る者であり、その主は【生きた伝説】と言われし大賢者アトスと言う事は、三人が神殿に着いてからの話である。

「…お連れしました。」
周りには青く、そして光輝いた。
ホークアイがエリウッド、ヘクトル、リンの三人を大賢者の元に顔を合わせた。
「よく来た、ローランの末裔達よ。」
大賢者は三人を見て、深く、そしてゆっくりだが頷く。だが、ヘクトルに何か違和感を抱いた。
「…俺達がリキア人だって分かるのか?じーさん。」
「どういう意味?」
リンも、ヘクトルの言葉を聞き逃さず、ふと、不思議に思い、疑問をぶつけた。
「約千年前、この大陸で【人】と【竜】の戦いがあったのは知っているだろう?」
「ええ、人が勝利して竜達は何処かへと姿を消した…。」
「そうだ。人と竜の戦い…所謂【人竜戦役】と呼ばれる者だが。その時、人を勝利へと導いた八人の戦い手が居た事は?」
「【八神将】と呼ばれる伝説の英雄達の事ね。私はサカで育ったから【神騎兵ハノン】なら知っているわ。」
「サカは、ハノンの生まれた土地。俺達リキアは【勇者ローラン】の作った国だ。」
八人の戦い手。つまり、【人竜戦役】により、【八神将】が勝利へと導き出し、伝説の英雄呼ばれた。
リンは、深く考えた結果、三人が此処に呼ばれた理由は、自分達が、"ローランの末裔"であり、強敵であるネルガルを倒す為の秘策として、招かれたのでないかと。
「…貴方は、どなたですか?」
エリウッドは、恐る恐る口を動かす。もし、この方がアトスだったら、【生きた伝説】に出会えた事となる。
「…アトス。巷では、【大賢者】の名で通っておるよ。」
「アトス!?まさか…!」
三人は、やっと【生きた伝説】と呼ばれるアトスと出会い、そして今まで起きた事を、アトスに全て吐き出した。
アトスは、ネルガルの事を昔を思い出す様に、淡々と話す。
「あやつも、わしと同じく人の理から、外れし者…。普通に攻撃を仕掛けても倒す事は難しいだろう。ネルガルが操るのは、その威力ゆえに、禁じられた古代の超魔法ばかり…。あやつを倒すには、此方もそれ相応の用意が必要だ。」
エリウッドはそれに反応し、アトスに詳しく聞く事に成功した。
全て必要の話を終えた後、アトスは深く深呼吸をした。
「…分かったな?」
「…はい。ベルン王国にある【封印の神殿】…。其処に向かえば良いのですね。」
「ホークアイを連れて行くがいい。きっと力になる。」

ナバタ砂漠にて、ホークアイと付添であるパント、ルイーズを加えたエリウッド一行の軍。
不穏な空気が漂う中、エリウッドは小さく呼吸を整え、ベルンに居る旧友の安否を願うしか、なかった。

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