第15話

四牙襲来
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2021/08/06 13:16
大賢者アトスの導きを受け一行は、ベルンへ向かう。大陸最大の軍事国家ベルン。リキア同盟とベルンは、昔から友好関係を保ってはいるものの…国王デズモンドは、武力を背景にリキアに高圧的な姿勢を見せ始めていた。リキア公子の立場で入国すれば、行動は極端に制約されることになる。エリウッドたちは身分を隠し、旅人を装ってベルンへ潜入した。

視界の奥にベルン城が見え、大分離れている所の村はずれに着いたエリウッド一行の軍は、此処で足を止めた。だが、村はずれに居るのに、何故かある張り紙が疎らにある。
「ゼフィール王子成人の儀式は10日後なんだもの。お祭り騒ぎなのも仕方ないわね。」
「裏で何が起こってるか知らねぇで…呑気なもんだぜ。」
ベルン城は、ネルガルと未だ明かされていない首領の後妻が、裏で【黒い牙】を操っているのは知られていない。エリウッドは、ホークアイにアトスから告げられた、【封印の神殿】について聞き出した。
「…ベルン王都から北の方角にあるとは聞いている。だが、その存在自体が秘密とされるもの。王家の者でもないと場所は知らぬだろう…。」
「つまり、神殿に行き着く為には王族に接触しないと駄目なのね?」
「身分も理由も明かせてないのにか?どうにか場所だけでもわかんねえかなぁ。」
三人が頭を悩まし考える中、一人だけ何かを思いつき、両手を軽く叩く。
「…大体の場所ならわかるのだけどね。」
三人達と一緒に同伴している、パントは何度か、【封印の神殿】に向け、手の者らを使って調べていた過去があった。だが、一度も帰る事はなく、ベルンはその神殿に侵入する事は許さないと、彼は口を濁す。
「神殿に着いたら、その場でベルンの捕虜って訳か。」
「そうだ。それに、君達の正体が知れればベルンはリキアに攻め込むいい口実にするだろうな。…そこで、私達の出番だ。」
パントはエリウッド達にある提案を下す。
パントとルイーズは、儀式を終えた後の祝典に出席すれば、その役目は終える。だが、出席する前に王妃に会い非公式に挨拶をすると、説明をした。ベルン王妃であるヘレーネは、エルトリアから嫁いだ方で、パントとルイーズは遠縁にあたる。挨拶を添え、【封印の神殿】について聞き出そうと、パントの話を聞いたエリウッドは、突如不安になった。
「パント様、それは…!」
何かを察していたが、それは敢えて言わない様にし、口を濁すエリウッドを見たパントは彼の頭を撫でる。
「もし、明日になっても私達が戻らなかった場合、君達は一度リキアに戻って別の策を練るんだ。いいね?」
心配しているエリウッドを見て、優しく微笑むパントは隣に居たルイーズの顔を合わせ、頷く。仮に失敗してしまったら、パント達は身分を捨て、逃亡生活をすると、三人に口を下した。
三人は、そんな二人を見送る様に祈った。

「よっ、ニノじゃねーか。」
ベルン城から離れてある北の拠点。暗殺集団【黒い牙】の内、【四牙】で【狂犬】と呼ばれるライナスと、隣にはライナスの兄である【白狼】と呼ばれるロイドが、自分達の所に走り出す緑髪の少女、ニノに声を掛けた。
「あ、ロイド兄ちゃん!ライナス兄ちゃん!どうしたの?お仕事?」
「ああ、まぁな。」
明るく、元気に走り回るニノを見たロイドとライナスは、我が子を見守る様に見つめた。
「お前の方は?そんな慌てて何処行くんだよ?」
「あたしも、これからお仕事なんだ。連絡係、母さんに言われてるから頑張らなくっちゃ!」
ニノは二人の兄達に、張り切りを見せ、ふわりとした笑みを零す。
「じゃあね!お仕事終わったら、また遊んでね。」
大きく手を振り、ニノは最後まで笑顔を保ちながら走り去る。
「いい子だな。」
「ああ、あの女の娘とは思えねー。」
ロイドとライナスは、東南の方角に向け走り出しているニノを見守った。

「…待っている時間が惜しいですね。私達にも、出来る事がないでしょうか?」
「つってもなぁ。目立つこたぁ出来ないし…。」
頭を悩ますアイカとヘクトル。考えるのも時間の無駄。何か策が見つかればと四人で考案を出そうとした矢先。
「なら、【黒い牙】について聞き込みってのはどうだい?」
エリウッドの隣に、肩を軽く叩いたラガルトが笑顔を見せ、提案をした。
「聞き込みですか?」
「そう。此処ベルンには【黒い牙】の本部がある。といっても、俺も場所までは教えられてないんだが。」
何やら興味津々となるアイカに、ラガルトの口角はやや斜めに上がる。
「昔と様変わりしちまった今の【黒い牙】…。敵の情報を仕入れるのも、有益だと思うけどねぇ?」
くつくつと、不敵な笑みで口を右手で覆い隠すラガルトに、アイカは嬉しそうな表情をした。
「…それはいい考えですね。ありがとうございます。ラガルトさん。」
「なぁに、お安い御用だ。」

「では、手分けして調べよう。くれぐれも目立たない様に。」
「気をつけねぇとな。」
「ヘクトルは、特にね。」
「なんだとっ!?」
またいつもの二人だ。リンが茶化せばヘクトルが怒りを買い、勝負事だと思い込んでいたら後もない。二人を追うアイカを見たエリウッドとニニアン、そしてラガルトは苦笑をした。
「…全く、仲が良いのか悪いのか分からないな。」
呆れた顔をするエリウッドを、ニニアンは少しだけ、笑う。
「何が可笑しいんだい?ニニアン。」
「だって…エリウッド様の呟き、まるで、お二人の保護者なんですもの。」
ニニアンは、エリウッドの表情を目で追い、また微笑む。
「そんな風に聞こえたかな?」
「はい。」
恥ずかしさが溢れ出し、頬をかくエリウッドに微笑むニニアン。だが、エリウッドはニニアンにずっと笑顔で笑っていた方がいいと、心の中でそう思った。
「…さて、僕達も聞き込みに行こうか。」
エリウッドはニニアンに笑みを零し、有力な情報を聞き出す為に歩き出した。だが、ラガルトは何が不穏な表情を移りこむ。
「エリウッド、その必要無いな。ほら、見ろよ。」
ラガルトに声を掛けられたエリウッドは、彼が指を指した北の方角に目を追った。何か見覚えがある、金髪の二人を見た瞬間。エリウッドの表情は少しだけ、青ざめた。
砦のすぐ側に居たロイドとライナスは、村はずれに居るエリウッド達を目にし、驚きを隠せず、ただ見つめていた。
「…マジで奴らだ。ナバタに向かったって話だったがな?」
「いいじゃねーか、そんな事。折角見つけたんだ、やろうぜ兄貴。」
ライナスはエリウッドとの再会を喜び、今すぐにでも捕えたい気持ちに駆られ、斧を肩に担ぐ。
「そうだな…。ライナス、お前は親父に報告して来い。」
ロイドは、弟のライナスと共に向かうのは無謀であり、下手をすれば撃破されると悟っていた。普段なら、ライナスはロイドと一緒に撃破しようと反発とも言えるが、トラブルメーカーである。それをわかっての承知で、ライナスはロイドを見つめ、頷く。
「兄貴、大丈夫か?あいつ等、此処ベルンまで生き延びたんだ。もし、俺が親父に報告した後援軍連れて行くっていうのは、アリか?」
兄の心配をするライナスに、ロイドは安心し懐にある剣に手を触れる。
「あぁ。援軍は出来るだけ、早めに頼む。」
ロイドは、ライナスの肩を叩き告げ口を加え、手下を呼び寄せる。

「エリウッドだな…?」
【黒い牙】の部下にあたる、一人の剣士がエリウッドの目の前に移動し、マスクを外しながら呼吸を整える。
「! 黒い牙か!?」
「…そうだ。お前達を消すのは、【四牙】の一人…我らを束ねる【白狼】ロイド様となる。」
剣士がその名を放った瞬間、エリウッドの表情は段々と青白くなり、呼吸が荒くなった。
「エリウッド、敵か!?」
ヘクトルの大声により、エリウッドは振り向き、軽く頷く。
「…来い。その喉笛を噛み裂かれにな…。」
剣士が立ち去り、エリウッド一行の軍は一斉に集まり、作戦を建て始める。新しく戦闘に参加するアイカは、此処へ訪れる前にヘクトルとの手合わせにより手応えを掴むことが出来た。なので此処からアイカも自軍に加わり、ヘクトル達の軍に移動する事になる。
「ほらよ。」
ラガルトの真横に松明を向け投げ込んだのは、同じ盗賊であるマシュー。彼は怪訝そうな表情で警戒し、あんたに渡したやつは一つだけだと、捨て台詞を吐く。
「…へぇ。松明一つのみか、これは面白くなるねぇ。」
ラガルトは何かを閃いたのか、隣りに居るエリウッドの肩を叩き、耳打ちをした。
「…え?僕が…それをするのかい?」
「ん?何だ、駄目って事は無いねぇ。まぁ、タイミングはお前さんに任せる。」
エリウッドの反応が意外に驚いていたのか、ラガルトの笑いは止まらず、二人を見たレイヴァンは何やら呆れた表情をした。

「えっとぉ…。場所、此処で合ってる筈なんだけど…まだ来てないかな?」
東南にある小さな民家。母親に連絡係として頼まれたニノは、辺りを見回し背伸びをする。
「うーん!今日は霧が濃いなぁ。絶好の悪者退治日和なのに、あたしの仕事ときたらお使いばっかり。早く一人前になって皆の役に立ちたいんけどな。」
ニノは少しだけ、頬を膨らます。彼女の周りには、優しい兄達に見守られ、可愛がられているが母親には冷たく、罵られる事も。依頼を終えた後、兄達と遊ぶのが彼女にとっての楽しみでもあった。その時だった。誰かがニノの肩を軽く触れていた。ニノは振り向き、そして
「わっ!お、驚かさないでよジャファル!」
ジャファルだった。彼は表情を一つ変えず、ニノの表情を見て、目を逸らす。
「どうしたの?ジャファルが連絡に遅れるの、珍しいね。」
「…前の仕事が長引いた。」
「へぇ、ジャファルでも手こずる事あるんだ。ちょっと意外だなぁ。」
たまに、ジャファルと話を聞くのも悪くない。それも、彼女にとってもう一つの楽しみだから。
「…次の依頼があるなら……早く聞かせろ。」
「あ、うん!母さんから、これ預かって…」
ニノは、ジャファルに持ち出してる書類を渡そうとしたが、バラバラにし、散らばる。ジャファルの腕には、痛々しい硝子の破片が散りばめられ、赤く染まりだす液体が、床に垂れ流れていた。
「どっ、どうしたの!?血塗れじゃない!!」
「…掠り傷だ。…気にするな。」
ジャファルは硝子の破片を丁寧に外しながら、平然と心配するニノを見つめる。
「そんなに血が出てて、掠り傷な訳無いよ!ね、見せて!」
遂に涙目になり、自分より大きな、ジャファルの手を両手で握り締めるニノ。
「この位平気だ…。お前が気にする事は無い。次の標的を…早く…くっ……。」
無表情だが、彼女に不安を感じさせない様に、静かにニノの手を優しく握り返し、口元を緩めたジャファルだったが、腕の傷が深かったのか、上半身から崩れ落ち、意識を手放した。
「ジャファル!?ね、ねぇ!しっかりしてっ!」
あまり激しく彼の肩を揺らすと、怪我が悪化すると思い、優しく揺さぶる。それでも、ジャファルは目を開けない。突然の事によりニノは青ざめ、周囲を見回す。兎に角、ジャファルを見られない様に、小さな身体でジャファルの腕に掛け、足音が響いてしまうが、焦らず、ゆっくりと本棚と箪笥の間にある大きな隙間に、彼を寝かせた。

戦闘の最中、霧が濃く周囲には敵が潜み、隙を見せられたら、必ずしも仕留められる。
エリウッドはどうやら、【黒い牙】であるロイドの得意分野である戦法だと、ふと頭を過ぎり出す。エリウッド達の陣形は分かれており、エリウッドには、レイヴァンとラガルト、ニニアン。そしてヘクトルとリンは別の陣形をとり、枝分かれとなり進軍していく。そして、ラガルトの手に持っているたった一つの松明。ラガルトはどうやら、マシューに賭けをしていた。マシューには沢山の松明を所持しており、ラガルトにはこの松明一つのみ。ラガルトは松明を一切使わず、ロイドまでの道を進軍すると、口に出したそうだ。
「…ま、お前さんがある事をすれば成功するって訳さ。頑張れよ。」
軽々とエリウッドの肩を叩くラガルトに、少し困惑気味のエリウッド。だが、ふと思い浮かび出す。彼等が【黒い牙】にいた頃を思い出す。いつもの表情でいい。ただ、敵には欺く事を忘れず、悪人を始末をすることの二つが、エリウッドの思考を素早く回転した。
「…そうか。これなら…出来る!」
何かを閃いたエリウッドに、何やら頬を緩めるラガルトを見たレイヴァンとニニアン。二人の閃きと賭け。それが判明するのは、ロイドとの戦闘を終えた後の話である。

迫りくる敵を薙ぎ倒し、ついにロイドのみとなったエリウッド一行の軍。皆は息切れが激しく、服装には切り傷が疎らに散らばる。
「…ついに、ですね。しかし圧巻ですね。こんなに増援があるとは、思いもしませんでしたから。」
両手で剣を引き抜くのに、精いっぱいである。それ程体力が消耗し、ふらつく事もあるだろう。
目が霞む中、アイカはロイドの元へ行き和解しようと提案を下す。
「貴方達【黒い牙】は信念を持つ集団だとお聞きしました。…それが何故、ネルガルの様な男に与しているんですか?」
ロイドはアイカの表情を見つめ、彼女の後ろに居たエリウッドの瞳を合わせ、再び視界をアイカに戻す。
「…ネルガルやソーニャは関係ない。俺達は、与えられた使命を果たすのみ。」
「その使命が、正しいかどうか疑う事は無いのですか!?」
迂闊にロイドの両肩を思い切り掴み、訴えかけるアイカ。彼女の迫真な表情は、ロイドに届いたのだろうか。いや、届くわけが無い。
「…首領の言葉に異は唱えない。それが、統率された組織というものだろう?」
「で、ですが…!」
ロイドはアイカに向け優しく言葉を掛けるが、目は笑わない。暗闇に潜む微笑みが凍り付くほど、背筋が震えた。
「確かに、あんたは悪い奴には見えない。だが、【牙】の裁きは絶対だ。」
ロイドは懐にある剣を引き抜くと、上空の霧が、一つの太陽の光により、消えかかり、刃が反射した。いつ斬りかかるという予測は、後回しだ。当てる事を優先としたアイカは、剣を構える。

「悪いな、消えてくれ。」
激闘の末、勝負がついた。体力は尽きたが、二人の内立ち上がったのは、アイカだ。
一方ロイドは、力が底を尽き意識が朦朧し、掠める瞳に映るのは、喜びを分かち合うヘクトル達。だが、一人だけ表情を青ざめていた。そう、エリウッドだ。彼は喜ぶ皆を振り切り、ロイドの元へ歩み寄り、手を差し伸べた。
「…大丈夫か?」
彼の優しさ、儚げさはロイドも知っており、他人の気遣いを併せ持つ。
「……完敗だ。お前達、強いな。」
ロイドはエリウッドの手を掴み、立ち上がり、少し笑みを零し、彼を誉め称えた。だが、エリウッドは警戒をし、ロイドが何をするのか、静かに読み取る。
「だが、詰めが甘い。敵である俺に情けなどかけるから…」
ロイドはそう呟き、エリウッドの後ろに回り込み、脇の下から両腕を通し、首の後ろで組み合わせ、動かせない様にした。
「こういう目にあうんだぜ?」
エリウッドの耳元に声を低く、そして切なそうに囁くロイドに、エリウッドは驚愕し、少し俯く。
ヘクトル達はそれに気づき、救助しようとするが、ロイドに止められる。
「安心しろ。人質にとって逃げる様な真似はしない。お前を始末したら、他の奴等は解放してやるさ。」
ロイドは組み合わせた筈の左腕を外し、エリウッドの首筋にスラリとつたう。
「…ウハイもそう言った。」
エリウッドが口を溢したウハイという人物。ロイドはウハイのことを知っており、何処かで会ったと、認識する。
「魔の島で戦った、君達の仲間ウハイという男も…今の君の様に、人質をとる様な卑怯な真似はしないと言ったんだ。僕には、君達【黒い牙】が悪の組織だとは思えない。…どうして戦わねばならないんだ?」
エリウッドは、【黒い牙】の元凶を探るべくネルガルを倒す策を探しつつ、ロイドにこれ以上の争いを制止して欲しいと、懇願した。ロイドは、エリウッドの表情を確かめた後、静かに頷く。
「ウハイ…か。あいつと話したのか?」
「戦って、息を引き取る前に…【竜の門】の場所を教えてくれた。」
「そうか…」
ロイドはエリウッドの事を、悪人では無いと思い、引き離そうとしたその時。
「あ、あの…!」
ロイドの両腕はふと止まり、視界を薄緑色の少女に移す。目の前には、悲しげな表情をするアイカがロイドを呼び止めた。
「何だ?急に声を出して」
「今、エリウッドさんが囚われてますよね?それで、お願いがありまして…」
お願いとは何なのか。ロイドは考え込むが、大体は察していた。アイカの表情はとても読みやすいが、それをバラすと意味がないと、口に出すのはやめた。
「このまま、連れ去って貰えませんか?」
若干彼女の言葉に矛盾があるが、ロイドの予測は的中したが、エリウッドの表情は段々と青白くなり、絶望感に覆われていた。ロイドは彼の表情を一度確認し、再びアイカに目を配る。
「俺は別に構わんが、こいつはお前達の仲間だろう?もう少し、考えてみたらどうだ?」
「ですが、この判断は考えた結果なんです。私は、エリウッドさんに嵌められたので……」
最後の言葉により、ロイドの思考は停止し、エリウッドを二度も凝視する。冷徹で、冷やかな目線はエリウッドにとっては不利だ。何か言い訳を、いや、それは出来ない。真実を言えばいい、だが、口が思うように動かない。
「…そうか。それは"可哀想な"事をした。」
ロイドは彼女に悲しみに暮れる表情をし、エリウッドの両腕を、強く掴む。
「…俺はこのまま連れ去って行くが、後悔はしないな?」
「私は、決して後悔なんてしません。皆で力を合わせれば、ネルガルだって…!」
アイカはロイドに真剣な目つきで言葉を紡ぎ、最後には微笑みが溢れた。
「…そうか。じゃあ、一つだけ伝言をやる。ソーニャって女には精々気をつけな。」
ロイドはエリウッドを引き連れ、立ち去る。段々と遠くなる二人を眺めたアイカは、不気味な笑みを零し、口元を緩み出す。

「お、やっと枝分かれか。」
傍観として観察していたラガルトが、何やら飄々とした表情をした。隣に居たニニアンは、そんなラガルトに疑問を抱く。
「あの…これは、どういったもので……?」
「ん?何だ、お前さん知らないのかね?」
口をもごもごとし、聞き取れない事が度々あるニニアンに、ラガルトは彼女の背丈に合わせ、しゃがみ込む。
「…その、エリウッド様とロイドさん……どういったご関係で…?」
恐る恐る聞き出すニニアンに、ラガルトの表情は段々と曇りだしたが、直後に口元を緩めた。
「…何だ、そんな事か。まぁいい、お前さんに教えてやるよ。」
そう言い終えたラガルトは、ニニアンの耳元にこう囁いた。
「…あの二人はな、共依存ってやつさ。二度と離れる訳が無いってね。」
ニニアンは驚愕し、冷や汗が突如流れ出す。飄々とした表情のラガルトに瞬きをし、再び二人の光景に視線を変える。
「……本当ですね。特にエリウッド様の笑顔は、一度も見た事ないです…。」
彼女の瞳に映り込んだのは、ロイドとエリウッドの会話なのだろうか、エリウッドはロイドの話に夢中になり、時々笑みを溢していた。
あ、そういえば。ニニアンは我に返り、ラガルトにこう述べた。
「確かアイカさん達は、【黒い牙】の首領のブレンダン・リーダスさんと話を持ち込むだそうで…それなら」
「いや、それは無理だね。」
突然の突風の様な、ニニアンの言葉を遮る、低い声。ラガルトの表情は再び曇りだし、ニニアンは心配し始めた。
「…確か、アイカって奴だよな?エリウッドをロイドの元へ引き返したのは…それが間違いなんだよな。」
言葉を紡ぐどころか、所々口調が荒くなり頬をかくラガルト。
「間違い…とは?」
「まぁ、あいつ等は知らないと思うが…。エリウッドは俺と同じ、元【黒い牙】なんだ。あくまで仮の話なるけど、エリウッドがロイド達率いる【四牙】に現況を報告したら、これからの戦いは苦しくなるらしい。」
ラガルトの話によると、エリウッドはラガルトと同じ【黒い牙】所属。エリウッドはアイカにより嵌められ、孤立している。彼女はそれを狙ったのか、自ら名前を明かしてないロイドに引き受けさせた。手薄になる一向の軍に、ラガルトは頭を悩ます。
「…纏めるとこんな感じだ。俺達はネルガルを倒すどころか、【四牙】の皆に殺られる選択しか、もう無いって訳さ。」
話を言い終えたラガルトは、遠くに居るエリウッド達に目を配っては、笑みを零していた。
「…せめて、エリウッドには幸せになって欲しいけどな。」

ラガルト達が話し込む前、ヘクトル達と別れてから、ロイドに腕を引かれ、不安感が募るエリウッド。会話が無いどころか、寧ろ此処は無の世界。何か言えばいいのか、でも、言えば機嫌を損ねてしまうと、エリウッドの脳内は混乱気味になる。だが、その沈黙後の事だった。
「…あいつに嵌められたって本当か?」
エリウッドは突然、目を丸くしロイドを見つめる。身体が震え出し、思うように動けない。
「本当の事でいい。大丈夫だ。」
震え出すエリウッドの肩を優しく叩き、微笑むロイド。エリウッドの身体の震えは収まり、呼吸を整える。
「……あぁ。僕は、嵌められたんだ…。ヘクトル達に裏切られたが、僕の周りに味方が居てくれた。」
ロイドに安心させようとしたが、エリウッドは悲しげな表情をし、右手に黒インナーを掴み、灰色の首輪を見せる。
「やっぱり、僕は君が居ないと駄目なんだなぁと……改めて思ったよ。」
エリウッドに付けられてあるこの首輪、実はロイドが、【黒い牙】にいた時に、友情の証として付けていたらしい。だが、それは真逆の事でロイドは元から嫉妬深く、根に持ちやすい。エリウッドが何処かにふらつく事があるので、それも兼ねて付けていたのである。彼の事は傷付け無いが、他の者に対しては徹底的に消す事を模索する。依存度が重い事は、ロイド本人は承知しており、周りに迷惑掛けない様に心掛けてるが、やはり踏み外す事も稀にあった。
「…分かってくれたんだな。俺の願いが、やっと叶った事が。」
エリウッドを優しく、包み込む様に抱擁するロイドの笑みは、静けさに狂い出す。エリウッドは全てを受け入れ、恍惚感が溢れ出していた。
「…あ……。待って、ロイド。」
何かに察したエリウッドは、ふと目を閉じ予知をし始めた。誰かがロイドを狙っている、何かを奪い取る。そして__
「…誰かが来る!避けるんだ!」
目を開き、真っ赤な瞳に変わったエリウッドはロイドを押し退けたが、よろける。ロイドは倒れそうなエリウッドを抱え上げ、後ずさる。
しかし、白い軍手がロイドの元へ伸ばした瞬間、ロイドは驚愕した。
「バカな…気配など…………何も……」
エリウッドの予知を聞いたが、冷静沈着のロイドでも見抜けなかった。黄金の瞳で、表情を何一つ変えない、リムステラ。ロイドの生存が判明した瞬間、口を零す。
「……【エーギル】失敗……か。…そうか、お前が防いだんだな。」
ロイドに抱えられたエリウッドに、指を差すリムステラ。そして、何事も無かったのように、消え去った。
リムステラが去ってから数分。エリウッドの息遣いが酷くなり、顔色はとても悪い。体力と能力の半分以上消耗してしまったのか、ロイドの両肩にしがみつく。
「…大丈夫か?結構辛そうだが、向こうまで肩を貸す。」
ロイドに手を差し伸べられたエリウッドは、心配掛けたく無いのか、無理に笑う。
「…大丈夫だ。この疲れは、一時的なんだ。少し休めば、良くなるか…ら………。」
ロイドの腕の中に、身体を預ける様になだれ込み、エリウッドは意識を手放した。
「エリウッド!?おい、しっかりしろ!」
ロイドは声を荒らげ、身体に悪影響が無い様に、両腕を包み込ませたが、エリウッドの容態は段々と悪化し始め、仕舞いには呻き声をあげていた。
「…長居しても駄目だ。ライナスと合流して、アジトに戻ろう。」
ライナスは首領に報告したのか。それとも、二人の前に現れたリムステラに見つかってしまったのか。ロイドは目を閉じ、刻々と過ぎる時間に恨みを持ち始めた。

「あ、気が付いた?良かったぁ…。」
東南の民家に残っているジャファルとニノ。先程まで意識を失っていたジャファルが、目を覚ましたと分かったニノは、胸を撫で下ろし、安心した。
「お前…確か…」
「うん。もう何回か会ってるけど名前とか言ってなかったね。」
ニノは、彼女の名前を知らないジャファルに、自身の名前を明かそうとしたが、彼の口は素早く動いた。
「…ニノだろう?その位なら、知ってる。」
「あれ!?どうしてあたしの名前知ってるの!?母さん、ジャファルにあたしの事言ってたのかなぁ…?」
「……いや、ソーニャからは何も言ってない。ただ、どういう奴かと……俺が調べただけだ。」
彼の意外な言葉に、口を大きく開くニノにジャファルは、頬を軽くかく。
「そ、そうなんだ。怪我はあれから酷くなってない?大丈夫?」
足取りを軽くし、ジャファルの元へ歩き出すニノを見たジャファルはそっぽを向く。
「…さっきも言っただろう。それに、お前の頬と膝の痣が心配だ。」
ジャファルは目を配り、ニノの膝を覗き込む様に見つめ、座り込む。どうやらニノは昨日、皆で夕飯食べ終えた後、食器を洗浄機に置き、皿洗いをしていた所、手を滑らせ割ってしまった為、ソーニャに平手打ちされたとか。一度、リーダス兄弟に言っていたが、それをソーニャに見られてしまったのか、最近は躊躇う様になっていた。
「あはは…。でも、これはあたしが悪いからさ…この位平気だよ。あ、そうそう!さっきの書類を」
「…嘘を付くな。」
書類を渡そうとしたニノを自分の身体に引き寄せ、ニノが持っていた書類を手に取り、懐に仕舞い込む。
「な、何いってるの?ジャファル、あたしが…嘘を付いてないじゃん…。あたし、本当の事を言ったんだよ?」
「そうじゃない。お前は最近、俺やリーダス兄弟、それに【蒼鴉】にも、無理に笑っていたんだろう。……ソーニャの事は、俺達が注意するから…お前は、いや……ニノは、これからも……ッ」
突如腕の痛みが悪化し、歯を食いしばるジャファルは、ニノに負担掛けさせ無い様に、壁に背を当て、うなだれる。
「動いちゃ駄目だよ!ほら、捕まって!!」
ジャファルの霞む瞳の奥には、既に涙目になっているニノが、自分より体格差があるジャファルの腕を、肩に掛けようとしたが、ジャファルに手を払われた。
「…さわ…るな!」
「お願い、動かないで!血が…また出てきちゃった…。どうしよう…とまらない…。」
ジャファルの呼吸が掠り始め、ニノは何をすればいいのか、分からなくなり、その場で俯く。
「お願い…死なないで。死んじゃ駄目だよ…」

数分経ち、ロイドは無事ライナスと合流する事が出来た。ライナスはエリウッドの安否を確認した後、突如表情が曇り出す。
「…兄貴。まさか、エリウッドはあいつ等に殺られた訳じゃねぇよな?そうだよな?」
ロイドの腕の中に、抱き抱えられているエリウッド。彼の表情は前より容態は良くなり、寝息が静かに木霊する。
「ライナス。気持ちは分かるが、一旦落ち着け。エリウッドは殺られてない。ただ、意識を失っただけだ。」
ライナスは一度、エリウッドに目を通す。彼の表情を見て安心し、笑みを零した。
「…大体は分かった。だけど、もう少し情報が欲しいんだよな。一度、アジトに戻ってからでも遅くはないか?」
エリウッドの透き通る髪を優しく撫で、ライナスはロイドに問い質した。
「あぁ、そうだな。」
ロイドは頷き空を見上げ、呼吸を整えた。
ロイドとライナス、そしてエリウッド。
友人達に取り残され、彼を救いの手を差し伸べた【四牙】。これからエリウッドの道標により、世界が大きく変わろうとした。

その突如__
「ロイド兄ちゃん!ライナス兄ちゃん!」
東南の民家からロイド達の元へ大声をあげ、泣きじゃくる少女、ニノは小さな身体にジャファルの腕を肩に担ぎ、ふらつきながらも、歩き出す。
「おい、ニノ!?お前、身体が小せぇから無理にするな……って…はぁ!?ジャファル!?」
早くも駆け出したライナスは、ニノに一度一喝しようとしたが、隣に移り込んだジャファルに、驚きを隠せていなかった。
「ジャファルが負傷とは…珍しいな。ニノ、事情はアジトに戻ってからでいいか?」
エリウッドを抱き抱えたままのロイドは、負担掛けさせ無い様に、ニノの背丈と合わせしゃがみ込み、優しく問う。
「う、うん!分かった!」
「よし、ソーニャに見つからない様に戻るか。…ライナス。お前はニノの変わりに、ジャファルを担げ。」
「何でだよ!?だったら兄貴が担げばいいじゃねぇか!」
またいつもの喧嘩。ライナスが大抵反発する事が多いが、仕舞いにはロイドの命令により従うが、渋々受け入れる事もしばしば。その二人の光景を見たニノは、口元が緩み始め、笑う。

他愛もない【四牙】とニノ、エリウッド。
ニノとエリウッド、互いの事情を知る頃には今からでも遅くはない。【四牙】の内、【蒼鴉】のウルスラが居れば、皆で元凶を突き止める事が出来る。
再び暗雲が立ち込める中、エリウッドの意識が戻るまで三人は、待つことにした。

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