第11話

竜の門(後編)
55
2019/08/31 11:13
ダーレンが倒れ、玉座の奥には門の入り口が立ちはだかっている。既に正気では無く、欲を欠いた末路と、口を零したヘクトル。エリウッドは感傷に浸り、仄暗い表情をする。
「エリウッド、おじ様が奥に居るかもしれないわ。行きましょう。」
リンはエリウッドの肩を軽く叩き、目の前に在る門の入り口に二人を導いた。

静寂の中、遺跡の中には無数の階段があり、三人は奥に進み行く。
「父上!僕です!エリウッドですっ!」
エリウッドは走り出し、父親であるエルバートの安否確認の為、声を大きく上げる。しかし、エルバートの応答は無い。
「暗いな。周りが見えねぇ…」
ヘクトルはエリウッドの後を追う様に走る。彼の心境はとても心配なのは親友だからこそ、分かるとも言える。
エリウッドは何かに気づく。失踪していたエルバートの、掠れた声が遺跡の中で響き渡る。
「奥よ!エリウッド!!奥の方から声がするわ!」
リンの大きな声に、エリウッドは奥に進み行く。無数の階段を登りつめ、遂にエルバートが見えてきた。やっとの再会により、エリウッドは安心し、エルバートの安否を確認した。
「…はっ!わ、わしの事はいい!その娘を連れて…逃げろ!」
エルバートが指を差した、水色の長い髪の少女。門の前におり、ただ誰かを待つように、静かに立っていた。
「……。」
その少女は、先程エフィデルに拐われたニニアンだ。だが、様子が可笑しい。瞳は赤く濁り、光は無く、無表情でエリウッドの表情を見つめる。
「その娘は…【竜の門】を開く鍵…。ネルガルが気づく前に…早く!」
「ニニアン!こっちへ逃げよう!」
エルバートの助言を聞き、エリウッドすぐニニアンの腕を引き、こちらに連れ戻そうとした。微動だに動かず、彼女はただ黙る。
一方ヘクトルは、エルバートの腕を自分の肩に回し、リンが居る所へ移動した。その矢先だった。
リンの目の前に現れた、黒いターバンを首に纏い、獲物を捉える瞳で剣の刃を、彼女の頬に軽く当てた。
「……ここは通さん。」
声は低く、そして冷徹な表情で吐く息が、とても冷たい。青年が吐きこんだ息はリンの耳元をざわつかせる程、凍るのではないかと、疑心暗鬼をした。
「その男は…危険だ。まともに戦っても勝ち目は無い。」
エルバートは諦め掛けた声を向け、エリウッドに忠告をした。だが、その時。
「…親の忠告には従うものですよ、エリウッド殿。」
エリウッド達の前に、黄金色の瞳に紫色のフードを外したエフィデルが現れる。エフィデルは先程リンの頬に軽く剣の刃を軽く当てていた青年の元へ歩み寄り、こう述べる。
「この男は【黒い牙】でも一流の使い手…。今の貴方達では、束になってかかっても相手になりませんよ。」
エフィデルは青年に耳打ちをし、次の仕事に入るよう頼んだ。青年は黙り込み、静かに立ち去った。
「さて、皆さん!我が主からの招待です。ここまで足掻いてきた貴方がたに敬意を表し、今から面白いものをお見せするの事。」
両手を大きく広げ、高らかに嘲笑いながら門の前に皆を集まる様に呼び寄せるエフィデル。
エリウッドは目を見開き、察した。自分の父親であるエルバートと誰かの命と引き換えにより、何かが起こると。先程まで門の前に居た筈のニニアンが、謎の男であるネルガルとエフィデルの間に移動しこう発した。
「チ カ ラ チカラ…」
ニニアンの片言な言葉。それによりエルバートの容態が更に悪化し呻き声を上げた。
「さあ、ニニアン…【竜の門】を開くのだ。」
謎の男であるネルガルがニニアンに命令を下した瞬間、門が開き突然地響きが起こり、皆は立つのに精いっぱいだった。
「…オイデ、ヒノ…コ…タチ、ココニ…オイデ…」
ぽつぽつと、言葉は未だに片言だがニニアンが呟きながら表現を現す。
そして、門から火竜が、咆哮を此方に吐き出しながら、地を踏み込んだ。
「あれは…本当に……太古の…【竜】なのか?」
リンは崩れ落ち、ヘクトルは唖然とし、そしてエリウッドは凝視する。もしこれが太古の竜だとしたら、皆で掛かるとすぐ殺られるだろう。
ネルガルは高笑いし、次々と竜を呼び寄せ、力を振り絞る程消費させろと、ニニアンに更に負担を掛けさせようとした、その矢先
「そんな事…絶対させない!」
虚ろな目で呼び寄せる彼女を庇い、真っ赤な瞳で水髪の青年がネルガルを訴えた。
「ニルス!」
リンが放ったニルスという言葉。どうやらニニアンの弟で、ヴァロール島の海中にて行方不明になっていたそうだ。
「ニニアン!目を覚ますんだ!あんな奴の言いなりになっちゃ駄目だ!」
ニルスはニニアンに呼び寄せては、必死に訴える。それは酷く、彼女が苦しんでいるのは誰よりも知っている。
それに気づいたネルガルとエフィデルは、ニルスを止めようとしたが、ニルスに振り払われ、再びニニアンに掛け声をした。
ニルスの大きな声に、彼女は瞬きをし、きょとんとした表情であたりを見回す。
彼女が起こった事、何故ネルガル達が自分の目の前に居るのか。慌てず、落ち着きを取り戻し、そして、ニルスに手を差し伸べられ、それを優しく掴み、逃げた。
「竜の実体が崩れるよ!早く皆も逃げて!」
ニルスの掛け声により、ヘクトルはエリウッドの父であるエルバートの腕を自分の肩に回し、リンは冷や汗を掻きながら走り出した。だが、ネルガルという男は何処にも居なかった。その代償により、エフィデルは竜の咆哮共に焼き崩れ、消え去った。
皆が逃げ込んだ中、残っていたのはエリウッドだった。彼は呼吸を整え、竜が未だに暴れているのが目に焼き付けられていた。
竜の目の前に、エリウッドは右手の人差し指をきつく噛みつき、あまりの痛みの反動により右手に電流が走り出す。指には鉄の様な生暖かい血が流れていても気にしなかった。だが、その時だった。流れていた血が、突然固まり、そして冷たく、凍りついた。指から手の甲まで氷漬けになり、掌から無数の散りばめられる氷を、竜の前に差し出した。
「…すまない。苦しんでいるのはわかっている。だが、こうするしか、なかったんだ…」
エリウッドは申し訳無さそうに、竜に軽く謝罪をした。顔を上げた彼の青く、純情な瞳は無く、血のように濁り、頬には所々に鱗が垣間見えた。
一方、ニルスに手を引かれたままであったニニアンは後ろを振り向き、エリウッドの後ろ姿を見ては呆然と、目を見開く。
「…命よ、今此処で凍れ!」
エリウッドが声を上げた矢先、無数にあった氷が刃に変わり、竜に向けて次々と刺し込む。竜は呻き声を上げ、そして門は頑なに、そして重く、竜を引き摺る様に閉じた。
右手が痛み出し、エリウッドは苦い表情をし地面に蹲る。息切れが激しく、凍っていた右手に低温火傷を負い左手で覆う。
「…何が、起きたんだ?」
「消え……た?」
ヘクトルとリンは呆然とし、状況を飲み込めなかった。ネルガルは憤りを感じ、ニニアンとニルスをこちらに連れ戻そうとしたその時だった。容態が悪化した筈のエルバートが、勢いを付けネルガルの腹部に刺しこんだ。
「…こ…の…死にぞこない…め。ぐっ……!」
ネルガルはそう言葉を吐き捨て、消え去る。
崩れ落ちるエルバートを、皆で囲い、エリウッドが父を軽く支えるように、身体を起こしあげる。
「…エリウッド、油断するな…。奴はまた現れるぞ…」
「はい、でも。今は…この島から脱出し、リキアに戻りましょう。」
エリウッドの真剣な瞳と、表情を見たエルバートは何故か、安心してしまった。
「わしは…もう駄目だ。…エリウッド、後の事は…頼む。」
再びエリウッドは何かを予知した。先程のニニアンの能力と彼の命を無理矢理消耗させ、挙句の果てにはネルガルに最後の一刺しで体力はもう僅かであった。
「エリウッド…母さんに…すまない…と…………」
エルバートが静かに目を閉じた瞬間、エリウッドの瞳からひと粒の涙が頬を伝っていた。少しだが、嗚咽を交えながら父の手を強く握り締めた。
「嫌だ…死なないで下さい……。父上…どうか…目を開けて……」
エリウッドが泣きながら父に懇願を込めた言葉。だが、エルバートには届かず、父は帰らぬ人となった。
「父上ーーーーーっ!!」
エリウッドの叫び声が、遺跡の中で響き渡り、彼はただただエルバートを何度も呼び続けた。

エリウッドにとって、大切な父が失われた。
それと同時に、本当の戦いがここから始まったのだ。

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