第9話

一章-9
505
2022/05/04 23:00
 びっくりして、改めて建物を見ると、扉の横に『Cafe Path』と書かれた看板、扉に「Open」の札が掛かっていた。その下に「アルバイト募集」の貼り紙がある。この先、無職となる未来が待ち構えているので、私は思わず求人募集に目を向けた。
水無月愛莉
水無月愛莉
(勤務日数応相談。十時半~十八時まで。時給千円……か)
 派遣の時給よりは大分安いが、アルバイトならこのぐらいが妥当なのかもしれない。
水無月愛莉
水無月愛莉
(まあ、京都で就職することはないだろうから、関係ないけど……)
 私がぼんやりと貼り紙を見ていると、男性がカフェの扉を開けた。

 すると中にいた若い男性――腰に黒いロングのエプロンを着けているので、恐らく店員――がすぐにこちらを振り返り、
店員
店員
いらっしゃいま……なんや、ほまれ
 愛想のいい声で挨拶をしようとしたが、途中で素に戻ったのか、不愛想な顔になった。そんな店員を見て、男性はにやりと笑うと、
神谷誉
神谷誉
閑古鳥だなぁ、颯手はやて。今日も赤字か?
 とからかった。

 どうやら、この男性と店員は知り合いのようだ。

 誉というのが人相の悪い男性の名前で、颯手というのが店員の名前なのだろうか。
一宮颯手
一宮颯手
大きなお世話や。――ん? その人らは誰なん?
 颯手さんは誉さんの後ろに立つ私と男の子に気が付き、目を瞬いた。
神谷誉
神谷誉
あー……ちょっと成り行きでな
 誉さんは店内に入ると、手近なテーブルに歩み寄り、腰を下ろした。男の子も誉さんの後に続いて店に入り、とことことテーブルに近付くと、ちょこんと椅子に腰かける。その様子を見て、颯手さんが、
一宮颯手
一宮颯手
また、えらいお人を連れて来たもんやね
 と目を細めた。そして、入口のそばに立ち尽くしている私に視線を移し、
一宮颯手
一宮颯手
それで、あなたは誰なん? どうぞ。入って来たらええよ
 と手招いた。
水無月愛莉
水無月愛莉
(この人は優しそうな人だ)
 颯手さんの柔和な笑顔に安心し、私は、おずおずと店内へと足を踏み入れた。
水無月愛莉
水無月愛莉
水無月愛莉といいます。東京から来た旅行者なんですけど、さっきそこの大豊神社でこの人と会って……
 事情を説明しようとすると、
神谷誉
神谷誉
神谷かみやほまれ
 誉さんが私の言葉を遮ってぼそりと名乗った。
水無月愛莉
水無月愛莉
ええと、こちらの神谷誉さんがこの男の子と何か言い合いをしてらっしゃったので、心配してついて来た次第です。すみません
 そう説明し、ぺこりと頭を下げる。どう見てもここは組事務所ではないようだし、颯手さんは涼やかな眼差しの好青年で、とても「ヤ」の付く人には見えない。私はようやく安堵して肩の力を抜いた。
神谷誉
神谷誉
とりあえず、あんたも座れば
 誉さんがコンコンとテーブルを叩き、私の顔を見上げる。
水無月愛莉
水無月愛莉
は、はい……
 二人とも一般人だろうとは思いつつも、やはり誉さんの顔は怖いので、緊張しながら正面の椅子に腰を下ろした。
一宮颯手
一宮颯手
誉、もう少し愛想良うしよし。びっくりしたはるやん
 颯手さんは軽く誉さんを睨んだ後、私に向き直り、
一宮颯手
一宮颯手
僕はこの店のオーナーで一宮いちみや颯手て言います
 と自己紹介をした。
一宮颯手
一宮颯手
どうぞよろしゅう
水無月愛莉
水無月愛莉
よろしくお願いします
 会釈をすると、颯手さんも会釈を返してくれた。優雅な物腰と柔らかな京都弁が、いかにも京男という風情だ。
 颯手さんは挨拶を交わした後、私の顔をじっと見つめた。
一宮颯手
一宮颯手
――あなたも見えるんやね

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