第10話

一章-10
435
2022/05/11 23:00
水無月愛莉
水無月愛莉
えっ? 何ですか?
 颯手さんが小さな声で何か言ったが、良く聞こえなかったので、私は瞬きをした。

 私と颯手さんのやり取りを聞いていた誉さんは、大人しく座っている男の子に視線を向けると、
神谷誉
神谷誉
で、お前は何と呼べばいいんだ?
 と問いかけた。男の子は、私たちの顔を順番に見た後、
阿形
阿形あぎょうとでも呼んでください
 と答えた。
水無月愛莉
水無月愛莉
(あぎょう? 名字かな?)
 変わった名字だと思い、首を傾げる。

 品のいいシャツに短パン姿の阿形君の目は小さいが賢そうな光を宿している。もしかすると、良家のお坊ちゃんなのかもしれない。
神谷誉
神谷誉
んじゃ、阿形。さっきの話に戻るぞ。お前、一体俺に何を頼みたいんだ?
 誉さんが阿形君の目を見つめ問いかけると、阿形君は誉さんを見返し、
阿形
吽形うんぎょうを……いいえ、ある女の子を捜して欲しいんです
 と悲しげな表情を浮かべた。
水無月愛莉
水無月愛莉
(うんぎょう?)
 また妙な名前が出てきた。こちらも難読名字なのだろうか。

 阿形君の言葉に、
一宮颯手
一宮颯手
女の子?
 颯手さんが短くつぶやく。阿形君は頷くと、
阿形
少し前まで、毎日、お社にお参りに来ていた女の子がいました
 と話し出した。
阿形
けれど、ある日を境にぱったりと来なくなりました。最後に彼女がお社にやって来た日、彼女は泣いていて、お社に向かって『嘘つき』と叫びました。それ以来、みことさま様はたいそう気に病まれてしまって。吽形は僕が気が付いた時には、いなくなっていたんです。恐らく、女の子を捜しに行ったんだと思います
水無月愛莉
水無月愛莉
命様?
 人の名前にしては不思議な響きだ。誉さんは首を傾げている私にちらりと目を向けたが、
神谷誉
神谷誉
で、お前はその女の子がどの辺りに住んでいるのか心当たりはあるのか?
 あえて何も言わず、阿形君に話の続きを促した。
阿形
年は七歳ほど。いつも赤いランドセルを背負っていて、夕方に一人でやって来ることが多かったです。一度、家族と一緒に来たことがあり、その時その子は『すみれ』と呼ばれていました。でも、どこに住んでいるのかは分かりません。氏子であれば、命様も把握していらっしゃるはずですが、ご存じないのだそうです
一宮颯手
一宮颯手
菫ちゃん、か……
 颯手さんが顎に手を当て、考え込んだ。
神谷誉
神谷誉
夕方に一人で大豊神社に来ることのできる小学生、ってことは、すぐそこの小学校の児童だろうな
 誉さんが椅子に背を預け、長い脚を組んだ。
水無月愛莉
水無月愛莉
この近くに小学校があるんですか?
 私が尋ねると、颯手さんは顎から手を離し「うん」と頷いた。
一宮颯手
一宮颯手
多分やけど……その菫ちゃん、うちの店にも来たことあるで

プリ小説オーディオドラマ