境内はあまり広くはなく、奥の階段の上に、神様がお祀りされている本殿らしき小さなお社が見える。
周囲を見回してみたが、すぐには見つからなかったので、とりあえず、まずは本殿にお参りをしようと、私は階段を上った。お社の前には、
御祭神
応神天皇・勝運ノ神
少彦名命・医薬祖神
菅原道真・学問ノ神
と書かれた札が掛かっている。
私は賽銭箱にお金を入れると、手を合わせた。
せっかくお参りをしたので、何か御利益があるといいなと思いながらふと右を見ると、隣は稲荷社だった。更に奥に目を向けると、もう一つお社が見え、その前に背の高い男性と小学生ぐらいの男の子が立っていることに気が付いた。
男の子が男性に向かって必死に何かを頼んでいる声が聞こえてきたので、私は二人の様子が気になり、耳をそばだてた。
男性は顔をしかめて、ガシガシと頭を掻いている。
男性は男の子に向かって冷たく言い放つと、背中を向けた。男性を引き留めようと、男の子がシャツの裾を掴み、
と声を上げた。男の子がぐいぐいとシャツを引っ張るので、男性は辟易したように、小さな手を払いのけた。
どんな事情があるのかは分からないが、小さな子供に対して、あの仕打ちはあんまりだ。
二人がどういった関係なのか、見ているだけでは分からない。親子、ではないような気がする。
私は逡巡したが、やはり黙って立ち去ることはできないと思い、二人に歩み寄ると、勇気を出して声をかけた。
見知らぬ女に突然声をかけられ、男性は驚いたようだ。パッと振り返って私を見ると、怪訝な顔をした。
その顔を見て、私は息を飲んだ。長めの髪に、無精ひげ、目つきは鋭く、そして何よりも目立つのは、左頬に走る大きな傷痕。歳は三十代半ばぐらいだろうか。
とんでもない人に声をかけてしまったのかもしれない。思わず体がぶるっと震えた。
実はこの男の子の両親は借金をしていて、犯罪まがいの仕事をさせられているのかもしれない、という考えが脳裏に浮かんだ。そしてこの子は、両親を救いたくて、この男性に取りすがっているのかもしれない。
テレビドラマのエピソードのような想像をして、言葉が出てこなくなった私に、
男性は低い声で問いかけた。意外といい声で、目をつぶって声だけを聞けば、セクシーで格好いい男性だと勘違いしてしまいそうだ。
震える声で答えると、男性はまじまじと私の顔を見た。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!