【昼休み】
【教室】
あたしは窓際の席に、目を向けた。
周りを見渡すと
クラスメイトたちが昼ご飯を食べる手を止めて、
大きな声をあげたあたしに、注目していた。
クラスの女子たちが悲鳴をあげる。
あたしの背後から手を回し、
口を塞いだのは――……
冥くんだった。
冥くんは声をひそめて言った。
そしてようやく、あたしの口を解放する。
冥くんはもうなにも言わず、自分の席へ戻っていった。
あたしは……
慌てて言い訳を始めたけれど……。
あたしは足元に視線を落とした。
【放課後】
【帰り道】
冥くんが足を進めて、あたしに近づいてくる。
『桜木ちえり』が執筆中の小説に登場する、
ヒロインの相手役――……
彼は記憶喪失で、あるときヒロインにこう、尋ねるのだ。
――「昔の俺と今の俺、どっちが好き?」
と……。
いつの間にか、冥くんは
あたしの目の前まで来ていて。
長い腕を伸ばして、あたしを引き寄せ、
そして、
強引にくちづけた。
やがて、くちびるを離した冥くんは。
真摯な瞳で見つめられて、あたしはついに。
秘めていた気持ちを告げる。
あたしの告白を聞いた冥くんは。
そっと、あたしを抱き寄せた。
それから。
今度は。
これ以上ないほどにやさしく、
あたしにくちづけてくれたのだった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!