「大輝これなんか似合うんじゃ無い?」
「やから、この価格帯の服買ったら俺今月飯食えんくなるって」
一大学生が足を踏み入れるには敷居の高すぎるブティックで楽しそうに篠塚に服を選ぶ寺西は高級ブランドのコートを違和感なく着こなしこの空間に溶け込んでいる
対して篠塚はちょっと背伸びして入った古着屋の2万のジャケットを着ており、店員も口には出さないが篠塚が商品を購入するとは思ってないだろう
これも依頼のため、これも依頼のため
とてもじゃないが買えない服に触らないように押し返しながら篠塚は寺西の左半身を隠さないように注意を払う
今日の依頼は素行調査
これは寺西の友人から齎された依頼だった
「俺の彼女が最近おかしいんだ」
依頼主の名前は原嘉孝
寺西の古くからの友人で農家をしている
この辺でも有名な農家で篠塚達も時折お零れに預かっていた
西洋を思わせる顔つきに鋭い眼光とは裏腹にひどく繊細な人物である事を篠塚も短く無い付き合いの中で知っている
原は日本各地で記録的な積雪が発生した冬の日
寺西探偵事務所に駆け込んできた
丁度雪かきをしていた篠塚を伴って入ってきた友人の憔悴した姿に寺西が目を見開いたのを覚えている
「で、嘉くん。詳しく話を聞いてもいい?」
いつもだったら嘉くんって呼ぶな!と帰ってくるツッコミも今日は淹れたてのコーヒーを啜る音が響くだけだった
毛布に包まった原がぽつりぽつりとこぼした情報を纏めると
最近残業や休日出勤が増えた事
スマホを肌身離さず持つようになった事
自身とのデートでも着けていなかった高いブランド品を身に纏うようになった事
結果2人で将来のために貯めていた貯金にまで手を出すようになった事
いくつもの違和感が重なって浮気を疑うようになったのだと言う
浮気調査や…
探偵事務所に舞い込む数多の依頼の中で篠塚は浮気調査を最も苦手としていた
理由はいくつかあるが浮気を疑った段階で2人の関係の終わりは見えている
それを決定づけるこの仕事がどうも好きにはなれなかった
原からひと通り話を聞いた後、コーヒーを片しながら篠塚は寺西にそっと問いかける
「浮気調査なん?」
「嫌?大輝は苦手だもんね」
「…その、いや…とかでは…」
「そんなモニョモニョしなくても怒ったりしないよ」
「てらにも苦手な仕事あるん?」
「まぁ、色々あるよ?ビラ作りとか?」
篠塚は以前寺西が作った現代アートのようなチラシを思い出し
あれは前衛的やったな…
「あれは前衛的やったな」
思わず口に出ていたようだ
寺西は気にしていないようにケラケラ笑うと
「まぁ、終わらせてやった方がいいこともあるよな」
毛布を畳みながら微笑みかける
寺西の言葉の意味を篠塚はうまく捉えられない
だがきっと忘れるべき言葉では無いんだろうと言う事をなぜだか強く確信していた
場面が戻ってブティックでは原の彼女・美咲が店員に溢れんばかりの服を押し付けてた
店員が慣れた手つきで受け取ると美咲はカードを提示する
寺西の胸ポケットにあるカメラであのカードの番号まで取れるのだろうか
まぁ、先月とんでもない額の請求が来ていたから大丈夫だろう
ってか、はよ出てくれんやろか…BGMの洋楽が座り悪いわ
大量の洋服を店員が袋にまとめている最中
美咲はカバンからスマホを取り出すと通話を始めた
何やら楽しそうで時折、もうすぐ着くなどと聞こえる
事前に原から聞いた話では今日は原と会う予定はない
友達か、家族か、はたまたそれ以外か
荷物をひったくるように店を出た美咲を追おうとすると
寺西が腕を掴む
「大輝、今日は帰ろうか」
「……スマホが違うから?」
「大輝は流石だね。今日もう証拠は取れないよ」
よういうわ
原から見せて貰った写真には手帳型のスマホカバーが着いていたが今出したスマホは硬質ケース
あぁ、ホンマに嫌や
美咲はスマホを使い分けているんだろう
見られたくないものは手帳型に隠して
それに今日買った服にはタグが着いたままだった
原さんの家に隠すなら証拠はひとつでも少ない方がええ……
きっともうひとつ隠し場所があるやろな
きっとこの先に逃げられない答えが出る
それなのに寺西は止めたのだ
なら、もう寺西の中で必要なものは揃っているのだ
どうせ、記念日のはずの今日不貞行為に及んでいる証拠を掴みたくないとかやろうけど
「寒いしどっか食べて帰ろうかな、海鮮とか」
「寒いんちゃうん?」
「わかってないなぁ、海鮮は鍋も美味いんだよ」
「鍋なん……」
「うわっ、いやそー」
「この冬そればっかやん」
白い息を吐いて帰路に着く
今日の夢見は悪そうや
次の日
学校帰りに呼び出されたのはスイーツビュッフェ
周りは女性客やカップルばかりで男二人は完全に浮いている
昨日もそうだったが探偵事務所で女性も雇った方がええんちゃうか?
呼び出した張本人である寺西は窓際の席を確保しており
優雅にスープを飲んでいる
高級スーツを着こなせるような大人の男がスイーツビュッフェにいる状況は周りの視線を集めており女子高生がチラチラとこちらを見ているのがわかった
「大輝!こっちこっち」
「ここちょい恥ずいんやけど……」
「なんで?甘いもの好きじゃん。好きなだけ食べていいよ?」
「……顔が良すぎるのも考えもんやな」
多少ガヤガヤしているが録音できるだけの距離に美咲はいるが少々目立つので
年下の俺が誘ったように見せろという事だ
篠塚はドカりと席に着くと芝居がかった声をあげる
「今日はありがとうな、ひとりで来るの恥ずかったんや」
「いいって、ほら。好きなだけ食べな」
篠塚の声はよく通る
加えて注目を集めていた寺西がなんでもないように返せば周りはそういうコンビなんだと納得してくれる
美咲は友達に原と関係を赤裸々に話しており
慣れているのか友達も面倒くさそうに相槌を打っていた
なんで不貞を働く人って人に喋るんやろか
原の方を赤裸々に語っていた事実に目を背けながら篠塚は目の前のケーキにかぶりついた
最後に来たのはホテル街
正直広くないの街でことに及ぶのはここくらいしかない訳で
原から家を出たと連絡をもらいそこから尾行を続けて着いた最終地点
美咲は浮気相手に腕を絡めてホテルに入っていく
数日前に買っていた服を着て
原のお金で買った浮気相手の為の洋服
わざわざスマホを変えたのだって浮気相手の為だ
最初からわかってたやろ
共同で貯めたとはいえ限度を超えた使い方をしている時点でもう終わりは決まっていたのだ
もう美咲の心は原にない
寺西はそれを原になんと伝えるつもりなのだろうか
優しい原はそれをどう受け止めるのだろうか
浮気調査の度にそれを考えては答えは出ない
ただ、あの時聞いた寺西の言葉が篠塚の頭にリフレインした
終わらせてやった方がいいこともある。かぁ
仁義を掲げて生きる篠塚にはまだ分からないことだ
けれど今日寺西が私用のスマホした持ってきていないことに意味があることはわかっている
「てら、やっぱ好きになれんわ。浮気調査」
「そっか……俺はね、何かを始めるには何かをきちんと終わらせるべきだと思うんだよ」
「それは分かる...」
「俺達はさこうして証拠を集めてるけど、その証拠をどう使うかは決められないじゃない」
「うん」
「俺はね、この証拠が自分で終わらせられない誰かの力になればいいなと思ってるんだよ」
「……」
篠塚は返答できないままあかりの消えない喧騒に立ち尽くしていた
結局あの後ホテルから出てきた2人を寺西はスマホで撮影しその場を後にした
その後寺西がその写真をどうしたのかは分からない
風の噂で原が彼女と別れたらしいとは聞いたが真相は聞いていない
今日も変わらず探偵事務所の扉は開く
ペット探しから浮気調査までお困り事があればなんでも
篠塚はまだ寺西の言葉を真に理解はしていない
けれど
まだ請求書は書いていない
まっっっっっじで更新遅くなりすみません!!!!!!!!!!!
全然思いつかなくてかけてませんでした
リクエスト頂いていたのにこんなにかかるとは……
リクエストありがとうございました!
お待たせしてしまってすみませんでした!












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。