前の話
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こんな穏やかな朝は何年ぶりだろう。
穏やかな日の光と、猫の声でその男は目を覚ます。
男の名はユド。かつて第二次魔剣戦争において狂剣士(ベルセルク)として恐れられた4剣聖の1人だ。
自慢のティーセットを用意し、熱いお湯を急須へと注いでいく。お茶の色を楽しむために、ガラス製のティーセットへお茶を注ぐ。ベランダに出て、芳醇な緑茶の香りを楽しみ、ゆっくりとそれを口へと運んでゆく。
表向きには木皿を売って生計を立てていることになっているが、実際の収入はルドラから回される書類仕事で稼いでいる。王宮で使われている『4剣聖の指南書』などはかなりの額になったとか。
お茶を飲み終え、書類仕事を終わらせる。
そして自らの作業場へ移動し、木皿を作る。
パキッ…作りかけの木の皿が割れる
木皿を売って生計を立てているとは言ったが、実際のところ不器用過ぎて10個のうち1つ出来上がればいい方だ。その1個も中々に不出来なものである。
割れた皿を置き、ただ黙々と次の皿を作る。
それは彼が決めたことであり、彼が彼である証だからだ。
彼は決して自分にも相手にも嘘を吐かない。それが彼の生き方であり生きる理由でもあるからだ。
作りたいから作る。出来が悪くても、決して自分に向いていなくても。
彼は作ることが根本から好きなのだ。
○●○●○
檜で出来た自家製の風呂で熱いお湯に浸かりながら、穏やかだった一日を振り返る。
そんなことを口にしながら、ゆっくりと湯から上がり、浴衣に着替えベッドに入る。
戦場にいるときは毎晩神経を張り巡らせていたが、今はそんな必要も減った。
それを嬉しくも思いながら、少し寂しくも感じる。
こんな毎日がずっと続くようにと願い、
その男ユドはそっと、目を閉じた。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!