前の話
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「ちょっと、お前何」
無駄にでかい宿舎のリビングでジョングクは不穏な雰囲気を醸し出しながら、いや、曝け出しながらスマホを弄りまくっていた。
「おい、ジョングガ、なんでこんな薄暗い部屋でスマホいじってんのさ。…って、睨むな。俺を睨むな。何があったのかは知らんが俺に罪は無い。」
自称ハンサムの長男はそんな末っ子に溜息をついて先程買った購入品を乱雑にリビングに投げた。
「いや、まじでお前、アイドルがしちゃいけない顔しちゃってるよ。何。何があったの」
末っ子はスマホを投げ捨てて長男の胸ぐらを掴んだ。
「おわっ、え、いや、何」
「俺とソンウンさん、どっちがイケメンですか」
「はあっ?」
それは2時間程前に遡る。
_______
『あ、ぐが、今日ね、僕ソンウニヒョンと遊んでくる〜』
『へえ。そりゃあ、楽しんで』
『ぐがも来る?』
『行くわけないじゃないですか。何が悲しくて俺はあなたとあなたの友達と買い物に行かなきゃいけないんですか』
ジョングクはスマホからジミンにちら、と視線を移してから言った。
『そんなに嫌がらなくてもいいじゃんかぁ。あ、僕今日泊まりだから』
『そうですか。楽しんで』
『ソンウニヒョンイケメンだからなあ。寝る時とかドキドキしちゃって僕、寝れなさそう』
『…何初恋の乙女みたいなことほざいてんすか』
『うるさいなぁ。兄がイケメンに恋しちゃだめか!』
『い、イケメン?』
『ソンウニヒョン、めちゃめちゃイケメンだもん…』
『は、』
いやいや確かにソンウンさんはイケメンだ。それには変わりないのだけども、何なのだこの屈辱は、と末っ子は奥歯をぎしりと軋ませた。
この時点で大分不穏な感じだが、五男のスマホから鳴り響く着信音が更に末っ子を追い込んだ。
『あ、ソンウニヒョンだ』
『出ていいですよ。俺のことなんか気にしないでi』
『もしもしソンウニヒョンっ!』
『いやもう出てんのかい』
『ん?今?まだ宿舎です!…え!来てくれたの!?わかった!今行く!……ふふ、僕も愛してます』
『!?!?』
ジョングクはただでさえ大きい瞳をもっと大きくして五男に視線を送った。
『え、何その目』
『ソンウンさんのこと、愛してるんですか』
『?愛してるけど』
『お、俺は?』
『大好きだけど』
五男は「もう、なんなのさ。」と唇を尖らせて玄関から出て行ったが、末っ子は今にも涙が出そうで堪らなかった。
『お、俺、ソンウンさんに、負けた、?』
デビュー時から五男は末っ子に愛してる攻撃を5分ごとに送るほど溺愛していたのに、今はもうそれもなくなってしまった。
それは、それはもしかすると、ソンウンさんと…なんて考えてジョングクは一人リビングで、それをかき消すように首を振った。
きっと誰もが思っただろうが、負けてないだろ。
なんなら愛してるよりも大好きの方がリアル味あって良くないか。あくまで作者の偏見だが。
______
「いやいやいや、お前な、考え過ぎだろまじで。そんなさぁ、愛してるなんてあいつ、誰にでも言うじゃん」
長男は自分の胸ぐらを今も尚掴んでいる、いや、破る勢いで握りしめている手をゆっくりと離してまるで慰めるかのように言い放った。それが更に末っ子を追い込むことも知らずに。
「っだ、誰にでもっ!?」
ジョングクはソファから勢いよく立ち上がった。
「っあ、いやいや、お、お前にしか、言ってなかったと〜思うなぁ、僕は。うん。」
長男は冷や汗を浮かべながらジリジリと近づいてくる末っ子をなだめる。
「それにあいつ、ジョングク大好きオーラ出しまくってんじゃん。なんならもうきつねうどんの油揚げから出てくる汁並に出てんじゃんっ」
長男が思わずひぎっと変な声を出してしまったのは遂にリビングの壁に自分の背中がぴったりとくっついてしまったからだ。
ああ、やばい予感しかしない、と長男が死を覚悟した時、ドンっと長男の自称ハンサムな顔のすぐ側に何かが叩きつけられた。
「ひぃっ!?」
それは紛れもなく末っ子の手のひらで。
「ちょ、ジョングガ」
これどういう状況っ!?僕わかんない!ワールドワイドハンサムわかんないよっ!?と思いながら恐る恐る正面を向くと末っ子の顔が数センチ先にある。
「こ、れ、なに、」
「なにって、壁ドンですけど」
「え、あ、な、るほど?」
長男は必死に脳を回転させた。
これは壁ドン。これは壁ドン。これは壁d…
「ドキドキしますか。」
「ドキドキ、してんのかな、?」
長男は顔を引きつらせながら自分の胸に手を当てた。
そこはいつもより忙しなくドクドクと鳴り響いていた。
「俺、かっこいいですか」
「、かっこ、いい、かな?」
長男は思った。
そうだ。こいつは世界一も取るぐらいのイケメンなのだ。
「キス、できますか」
「へ、き、キス?でき、」
長男は少し間を置いて考えた。
「るわけねえだろうがぁぁああああ!!!!!」
と右手で末っ子の頬を叩いた。
「ぶあっ」
末っ子は見事に吹っ飛び、長男は荒く肩を上下させて呼吸を整えていた。
と、そこに運良く、いや、運悪くリビングにオープンザドアして入ってきてしまったのは他でもなく次男である。
「ちょっとぉ、ユンギヤ〜!聞いてよ、ジョングギがさぁ〜」
「失礼しました」
「ユンギヤァァアア」
長男の悲痛な叫びも虚しく、次男はクローズザドアして部屋から出ていってしまった。
「…、ど、どーすんのこれ…」
長男は自分の右手と床にのびている末っ子を交互に見つめた。
「いやそれにしてもなんで…」
いや、考えないことにしておこう。と長男は見えない筈の作者を睨みながら言った。
ちょ、ちょっと。そんなに見ないでください。わ、私は何もしてません。むむむ無実です。
「ただいまぁ、」
はっ、この声は。
その場にいた全員が玄関の方向を見つめた。
するといつの間にかダメージから回復していた末っ子が一目散に玄関に飛んで行った。
「じ、ジミニヒョン、今日泊まりって、」
「ふふ、ぐが、今日何日」
そして玄関の方に耳をそばだてていた長男はカレンダーを見て唖然と立ち尽くした。
「し、4月1日、ですけど」
「今日はなんの日でしょうかっ!」
「エイプリル、フール…、って、ぁ、」
「ふふ。僕が愛するのはお前だけじゃんか。ね?じょんぐがぁ、気付くのが遅いんだよぉ。はい、これそこのケーキ屋で買ってきた」
「っ…、も、じみにひょんに嫌われたとっ、」
末っ子は大きな丸い瞳に涙を溜めながら僕嘘嫌いです、と可愛らしいビンの焼きプリンを受け取った。
「あぁ、ぐが泣かないでぇ。僕がお前への想いを大好きで済ませるわけがないじゃんかぁ、これから毎日愛してるって言うからさ、?ね、許して?」
「ぁ、毎日は言わなくていいです。鳥肌立つんで。」
五男は末っ子の涙を愛おしそうに眺めて親指でそれを拭っていたが、末っ子からそう切り捨てられ、唇を尖らせて末っ子の胸に飛び込んだ。
「僕ぐがのこと愛してるもんっ、なんで毎日言っちゃだめなのぉ、なんでぇ、」
すりすりと末っ子の胸に額を擦り付ける五男。
そしてそんな五男の背中に満更でもなさそうに笑みを浮かべて腕を回す末っ子。
傍から見ればその空間はまさに恋愛ドラマのワンシーンのように甘かった。
ただ五男の背後を除いて。
「…おい、」
地の底を這うような低い声に、五男と末っ子は肩をびくっと震わせ、ギギギ、と音がするぐらいに恐る恐る後ろを振り返った。
「てめぇらぁ、よくも俺を巻き込んでくれたじゃねえか…、今日は二人とも晩飯抜きじゃぁあああああ!!!!」
「「ひっ、ひえええええ」」
「おいジミナっ!てめぇケーキ屋に行く暇があるんだったら暴走したジョングクの世話でもしてみろやクソがぁぁあ!!」
長男はフライパンを握りしめ、般若のような形相で仁王立ちして二人の男を怒鳴りつけた。
五男と五男の愛する末っ子の叫び声が宿舎内に響き渡り、なんだなんだとメンバーが降りてきて最終的に長男以外全員晩飯抜きになったのは、また別の話である。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!