第53話

♦Kの信じた正義
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2019/10/12 02:07
槐澪織…いや、ターニャ・トルスタヤがあの俺が崩したビルの残骸から這い出てきて、俺のところまでよく動けるなと言いたくなるような見た目でやって来ると、こっちに攻撃を加えて味方でJある台徠斗に隙を与えて俺を撃たせた。
背中に触られそうなのを守るが、そのときの俺の頭の中にはあの紛争地域に住んでいた時代の黒いことしか考えられていなかった。
この俺が生み出してしまった悪魔とこの悪魔によって失った仲間達のことを……










生まれはロシアに近い紛争地域。
親は両方日本人だが、出会ったのが今住むところ。
幼い頃から武器を持たされ、戦うことのみ教えられてきた俺にとって戦争はただの授業の実践だとしか思っていなかった。
成績は軍の中でも優秀で若くして1つの未成年で構成された軍の隊長として他の年上の人達の上にも立った。
敵を全て撃ち抜き、自分の国を勝たせる。
それが当たり前で特に変だと疑うこともない。
いつもは相手の軍を潰すのが仕事。
でも、その日は俺の国と敵国の狭間付近にある小さな村を潰せと命令が下った。
写真をもらいそこに写るのは戦争が続く俺達が見るような景色とは打って変わったのどかな風景。
そこの警備はあまり強くなく、隊が1つだけ常駐しているだとか。
兵隊
へー、こんなとこあったのか。
杜若 冴祐
初めて知ったな…。まぁ、いい。早く潰して早くこの戦争に勝つぞ。
兵隊
だな!
杜若 冴祐
ああ。
小さな村を襲う、特に思うことなどない。
国の勝利の為に犠牲が出るだけのことだから、と罪悪感なんか微塵もなかった。
それよりもそのことを、相手を潰すことを俺は正義だと思っていた。
村の襲撃の日、写真で見た通りののどかな風景。
子供達が楽しそうに遊んでいる。
でも、国の為と俺はその村に1つ目の手榴弾を投げ入れた。
バァーーーーンッ!!!
悲鳴が響いた瞬間、常駐している兵隊達が銃を取り俺達に立ち向かってきた。
いつも通りに俺達は戦い、相手を撃ち抜く。
だが、不思議なことにのどかで小さな村で戦争とは程遠そうな村にも関わらず村の住人の避難が異常に素早かった。
元から訓練されているようにも見えた。
その中でも特に目立っていたのは俺より何個か上に見られる黒髪の青年兵。俺や仲間が撃つ弾を避けていたのが印象的だったのだ。
その青年兵は戦いながらも村人の避難を助け、子供も守り続けている。
杜若 冴祐
若き優秀な兵士、か…
でも、俺達が優勢なことには変わりなかった。
村が炎に包まれるまでの時間はそこまで長くない。
侵攻を続けていると、広げた場所で1人フラフラと周りを見て戸惑う幼い少年の姿。
近くに親や保護者がいる様子は見られない。


国の為だ。
可哀想には思うが、勝つ為の犠牲になって ───
少年に銃を向けた瞬間、俺の視界に長い銀髪と青いリボンが特徴的な俺と同い年くらいの少女が飛び込んで来た。
その少女は走ると、幼い少年に手を伸ばす。
そして、少年を庇うように抱き締めた。
庇おうが同い年くらいだろうが俺は躊躇しない。
与えられた仕事を全うし勝利へ導くだけだ。
引き金を引いた時、俺が撃ち抜いたのは少年でも少女でもなく……あの黒髪の青年兵だった。
杜若 冴祐
あいつ、さっきの……
少年と少女を守り抜いた青年兵は膝をつき、少女の方に覆い被さるように倒れた。
何かを話しているようだが、どんな内容かは俺まで聞こえない。
そのとき、俺の本能が何かに対して警戒心を抱き、自然と青年兵に向かって手榴弾を投げていた。
腹部を撃ち抜いた、死ぬのは分かっている。
でも、しっかりと確実にトドメを刺さないといけない気がした。
手榴弾が爆発し、青年兵はもう動かない。
兵隊
冴祐!本部に戻ってこの村を制圧した連絡に行くぞ!
兵隊
杜若隊長!全員逃げ出したようです!後を追いますか?
杜若 冴祐
ああ、追ってくれ。終わり次第、報告に行く。
兵隊
はっ!
逃げた村人を追う仲間に俺は青年兵の死も確認するように言った。
仲間が青年兵の死を確認しに近付いた瞬間、発砲音が響いてそいつはその場に崩れ落ちた。
崩れ落ちたことで見えたのは青年兵から奪ったのか拳銃を持つ少女。その右目周辺は爆風によって焼けていた。
上半身だけを起こしている状態で次々と仲間の脚や腕を狙って撃ってくる。
杜若 冴祐
全員、戦闘態勢に入れ!!!!!
あぁ、俺がさっき感じたのは、青年兵じゃなくこの少女だったのか。
そう仲間が負傷していく中1人で納得していると、拳銃を持つ少女が青年兵からナイフを取り、少年を背後に隠すようにしながら立ち上がる。
そして、大きな声で俺達に向かって叫んだ。
少女
この村から今すぐ立ち去れ!!!そうすれば、今だけは見逃してやる!お前らなんかに私の故郷は潰させない!!
もちろん、女である少女の言うことに俺達が任務を遂行せずに帰還するわけない。
俺達は村を落とそうとしたが、その少女が抵抗を続けたおかげで多くの負傷者が出た。
最終的に隊長である俺が下した判断は撤退。
本部に報告し、想定外だったのか上からは調査を進めておくとだけ言われた。
半年後、まだ紛争は続いていた。
初めて敗北を味わった俺はさらに訓練を重ねて、周りからは大人も含め、全ての兵隊の中で"最強"とまで呼ばれるようになっていた。
あの村の一件で負傷した奴らも傷は治って再び戦場へ。その路上、仲間の1人が世間話のようにある話を始めた。
兵隊
そう言えば、冴祐。知ってるか?
杜若 冴祐
何を?
兵隊
敵国の軍にいる特別兵のこと。
杜若 冴祐
特別部隊とかなら聞いたことあるけど特別兵っていうのは聞いたことない。
兵隊
だろ?武力行使で軍に入ったらしく、他の隊員がいると足でまといになるから単独行動をとる兵だと。
兵隊
その話、俺も聞いた聞いた!強いのに戦うときは相手を戦闘不能状態にするだけで殺してはないって!
杜若 冴祐
殺さないで何になるんだ。また治って戦いに来るだろ。
兵隊
まぁな。でも、隊員全員が戦闘不能になるくらいだから顔も性別も不明。ただ1つ分かるのは凄い強くて、銃弾も避けるって噂だ。
杜若 冴祐
銃弾も避ける…。
頭に浮かんだのは黒髪の青年兵だった。
まるで弾の動きが読めるかのようにスルスルと避けていたのが今でも鮮明に覚えている。
あの青年兵は死んだ。としたら、誰だ?
そんなことを考えてみるが答えは見つからない。
仲間が「まっ、最強の隊長様なら勝てるよな?」と笑い俺が答えようとした時 ──────
目の前にいた仲間の額に銃弾が撃ち込まれた。
杜若 冴祐
は…?
兵隊
警戒態勢!!!!!
兵隊
敵は何処だ!!
すると、前方の方からこっちに向かって歩いて来るフードを深く被った人が来た。
フードの奥からは血がポタポタと落ち、床に点をつけながら歩いている。
襲われたのだと思ったのか、仲間の1人がその人に近寄る。
でも、何故か俺は近寄ることが出来なかった。
仲間がその人をこっちに連れてきて、手当をしようとフードを外した瞬間、俺は咄嗟に叫んだ。
杜若 冴祐
そいつから離れろっ!!!!!
『もう遅い。』
何処からかそんな声が聞こえた気がした。
そのフードを被っていた人…いや、少女の髪は赤色で下からは銀色が見えた。
血を流していたのは少女じゃない、全て返り血だ。
叫んでももう遅く、いつしか見たナイフを持った少女が一振りすると仲間の首は綺麗に切れた。
俺がマシンガン銃を撃つ。
でも、それは全てあの青年兵のように避けられた。
少女
ずっと探したよ、カキツバタサスケ。
そう呟いた少女は銃弾に当たることなく無傷で、俺が今まで一緒に戦って生き抜いてきた仲間をいとも簡単に殺していく。
赤子の手をひねられるように簡単に死んでいく仲間の無残な姿。
俺は誰一人助けることが出来ず、気付けば立っているのは俺とその少女だけとなっていた。
あのとき、俺が本能的に警戒したのは青年兵ではなくこの少女だ。そして、特別兵もこの少女。
いきなりの仲間の死に頭が真っ白になっていた俺を動けないように押さえつけるのはその少女にとって実に簡単なことだった。


俺が見たのは少女じゃない…人間の皮を被った悪魔だったんだ……
杜若 冴祐
悪魔め…っ…!
少女
…私は特別兵ターニャ・トルスタヤ。兄の復讐をする為に軍に入った。
杜若 冴祐
兄…?
少女
この目を見たら分かる?
髪を捕まれ、強制的に顔を上げさせられると前髪をかきあげた少女と目が合った。
大きな火傷の痕が痛々しく残り、金色の瞳が俺のことをじっと睨みつける。
その目が青年兵だというのはスグに分かった。
よく見ると、少女は髪色や虹彩の色は違うものの、顔付きは日本人に近くあの青年兵に似ていた。
杜若 冴祐
復讐、か…。さっさと殺せ……
少女
私はお前に大切な兄を殺されて、この場で生きて苦しんでいるから私もお前を殺さない。最強と呼ばれ仲間1人も守ることが出来なかった苦しみを味わい続けなよ、ゴミみたいな正義を持った哀れな人間。
蔑んだ目で見た少女は投げるように俺を突き飛ばすと瓦礫を踏み台にしてその場から消えた。
残ったのは哀れと言われた俺と仲間の死体。
その時、初めて俺は絶望に落とされた。
あの悪魔によって俺の仲間は全員奪われた。
そして、最後には俺の信じてきた正義まで馬鹿にして、俺自体を蔑んで消えた。


その後、スグに長い間続いていた戦争は終わった。
話を聞いていると、1人の兵士が本部に侵入して、トップの総指揮官に終戦するよう脅したとか。
それを聞いた時、俺はスグにあの悪魔だと思った。
人々は終戦に歓喜し、泣いている。


そんな中、俺には黒い気持ちが湧き上がっていた。
あの悪魔、絶対に許せない…
絶対に俺がこの手であの悪魔を殺してやる……

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