俺は ──────
勉強は常に学年トップだった。
運動も常に学年トップだった。
友達だって多かった。
──── 誰もが認める将来有望の人間だった。
成績は全てにおいて学年トップ。
明るい性格で男女ともに仲がいい、それが俺。
誰からも「蓮水の将来は凄いんだろうな」と言われ俺自身も凄いことが出来ると信じて生きた。
俺の意見は常に正しく基本的に通る。
一部の人からライバルとして見られることも少なくは無かった。
木霊静、同じクラスの女子生徒。
生徒会長を務め、俺には及ばないものの頭も良く、運動神経も高いことで人気の人だった。
陸上部所属で走り幅跳びを専門にかなりいいところまで行っているらしい。
木霊はいつも俺のことを敵視して、いつか何かしらで勝ってやると宣言していたが、俺にとっては別に気にすることでも無かった。
体育祭でのクラス対抗リレーの走る順番を決める時だって、大体は俺の意見が通る。
俺が正しいことを言うから。
でも、たまにそんな俺に意見を出す奴がいた。
毎年クラス替えの度に離れたいと思っても、何故か必ず同じクラスになってる奴。
俺に唯一、意見してくるのは必ず右京。
成績は体が弱いらしく運動はそもそも参加しないが勉強は毎回俺と同じ満点だった。
大人しい印象が強く、教室でいつも本を読んで時間を過ごしているから俺とは無関係だと思っていたが案外そんなことはなかった。
予知出来るのか分からないけど、俺に意見してきた時は大体右京が正しい。
ふわふわとして掴みどころの無い性格。
正直、俺はあまり右京のことが好きでは無かった。
でも何故かいつも近くにいる。
友達で友達じゃない、そんな感じの奴。
運動が出来ないから一緒に遊べないし、と言ってこいつの予知で遊ぶのも何だかタチが悪い。
その日の給食の準備中の時間。
俺の隣で居眠りをしていた右京が突然呻き声を出したと思うと、真っ青な顔で飛び起きた。
肩で息をし、手にじんわりと汗が浮かべている右京は俺を見るなり、俺の腕を掴み少し掠れた声で話しかけて来た。
両親に見捨てられる予知でもしたのか?
俺はその時、初めて自分の予知を信じようとしない右京の姿を見た。
体調が悪そうだし、先生に言いに行った方がいいのかと考えていると隣でどんどん荷物をバックにしまっていく右京。
その予知が恐ろしいことなのか、荷物をしまう手は震えていて汗は流れっぱなしだった。
そう言った右京は先生のところへも行かずに教室を出て行った。
俺が嫌われるなんてありえない。
いつも周りには右京よりも多い友達でがいる。
意味不明な予知を信じようとは全く思わなかった。
昼休み、俺は友達と廊下で鬼ごっこをしていた。
友達が鬼で逃げていると段々と鬼ごっこの範囲が広くなり、気付けば階段の方まで走っていた。
後ろを気にしながら走っていたせいで全く前を見ていなかった俺は階段を降りようとしていた人と衝突、その人は階段から転がるように落ちていった。
俺の後ろから走って来た木霊の友達が慌てて階段を駆け降りていく。
でも、俺は駆け寄るまでもなく見ているだけでこいつの足を奪ったことは分かってしまった。
変な方向に曲がった脚。
誰かが俺に声をかけてくるのは分かるけどその声は俺まで聞こえなかった。
周りの空気がスッと涼しくなって、視界が少し暗くなったように感じた。
暗い視界の中、落ちて脚が変な方向に曲がっている木霊だけが明るく目立って見えていた。
気付いたら会議室で先生と話していた。
そこで俺はなんて言ったのか全く思い出せない。
ただ覚えていたのは…
先生と話し終えて教室に戻った時、入った途端に周りからの視線が俺に刺さった。
クラスの人達の目が全て俺に集まっている。
その目はいつものような明るく温かい目ではなく、冷たく哀れんで蔑むような目。
この時、俺は初めて誰かに見られることが、注目されることが怖いと思った。
呼吸が段々と苦しくなって、汗が身体中から滲み、手が震える。ずっと立ち止まっていた俺が暫くしてようやく口にしたのは…
先生に向かって言った一言だけ。
親にも話が伝わっていたらしく、帰るなり母親に思いっきり頬を叩かれた。
ずっと怒鳴られながら怒られたが、別にそんな説教とかは怖くなかった。それよりも俺への視線の方が怖かった。
長い叱りを受けて、やっと自分の部屋に戻れた時にはもう外は真っ暗でよく分からない間にとても長い時間が経っていたことを感じる。
その日の夜中、全く寝れない俺に1本の電話。
周りの人から聞けば説明が足りなすぎる電話。
でも、俺と右京にはこれだけで十分だった。
おそらく給食の時間に帰った後、何か辛いことがあったんだろう。
嫌いだけど、言葉にしなくても何かと通じる右京が俺の1番の友達だったのかもしれない。
その後、不登校になった俺は親に色んな意味で捨てられ、東京の高校を受験するように言われた。
3年生の秋まで積み上げてきた成績と頭脳で俺は言われた通りに東京の鵬磨高校を受験し合格。
それと同時に生活費は送るからと言って、家を追い出され、一人暮らしとなった。
不登校の間に何も手を加えなかった髪は腰上あたりまで伸びて、前髪もかなり長かった。
鵬磨高校の入学式前に髪をどうしようかと鏡の前で考えたが、人と目を合わせることを恐れた俺はボサボサなのを整えただけであまり切らなかった。
明るい陽射しと共に明るい声が周りから聞こえる。
長い髪の男なんてあまりいなくて目立つだろうけど目を合わせなければ大丈夫だし、この見た目で静かにしとけばそのうち誰も話しかけない。
悪夢からの脱出の日を夢見ながら、俺は鵬磨高校の正門の前で静かに校舎を見上げたのだった……。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。