第24話

❋逢魔が時とタバコの煙❋
37
2021/04/13 08:34
 「星護ー、ちょいこっち来い」

風呂上がり。玄関から声がする。

父さんが帰ってきたのか。

時刻は夜の12時過ぎ。小学生のガキが起き

てるような時間じゃないって言われそうだ。


玄関へブカブカのスリッパを鳴らしながら

走って行くと、途中で足元が停止した。

目の前には、いつもの酔った父親と、その隣

には、見知らぬ女の人の姿があった。

……誰。

「紹介するよ。こちらはミウさんだ」

ミウさん……。

「はじめまして」

と言ってニコッと笑う彼女に、俺は目が離せ

なかった。

まだ20いくつかっぽいその人は、金髪ロング

ヘアで、身に纏った黒い服もキラキラと細や

かに光っていた。母さんとは随分違う感じの

女の人だ。母さんはオシャレだけどもっとシ

ンプルで、この人みたいにこんなにジャラジ

ャラとピアスやなんかは付けない。

俺は幼いながらに、困惑は胸に隠した方が

良いと判断した。一応、親のお客さんなんだ

から、と。


影山星護。それが俺の名前。

小3にもなって、未だに自分の漢字が難し

い。せいごのご、とか意味が分からない。

俺の家族は、ちょっと変なんだって、よく周

りから言われる。それは自分でも何となく分

かっている。

まず、父さんがバカなんだ。そのせいで家

がめちゃくちゃになる。何度も警察へ母さん

が謝りに行くのに付き添わされて、その度に

俺も姉ちゃんの霞も嫌な思いをした。母さん

はなんもしてないのに、父さんがいつも悪い

事するから、あぁやって警察に連れて行かれ

る。なのに父さんは全然反省しない。俺だっ

て分かる事を、悪いって事を、父さんは懲り

ずに繰り返してる。バカだ。バカだ。大バカ

だ。

そんなんだから、春に母さんと霞は家を出

て行ってしまった。なんて言ったっけ。そう

だ、リコン。漢字が難しそうだった奴だ。緑

の枠の紙に、そう書いてあったのを覚えて

る。それを父さんに突き付けられて、八つ当

たりで俺は突き飛ばされたよな。まぁ、ソフ

ァだったから別にいいけど。

本当は俺も母さんと一緒にマンションへ引っ

越すつもりだったらしい。俺もそれが良かっ

た。だって霞と離れるのは嫌だから。霞は生

まれた時から病気を持ってて、具合が悪くな

るとすぐ入院しちゃうくらい弱い。だから、

俺がそばにいれば、何かあっても助けられる

のに。母さんは何も出来ないアホ親父と違っ

て、仕事で忙しいから、俺が母さんを手伝い

たかったのに。でも、父さんは許さなかっ

た。「星護は俺の息子だから」とか怒鳴っ

た。俺の服の首元をグイッと掴んで。

結局俺は、この家に残ったわけ。


ミウさんは、そのうち家に一緒に住むよう

になった。洗濯とか色々やってくれて、案外

いい人だった。俺にも優しいし、ミウさんが

来たおかげで、父さんも毎日家に帰ってくる

ようになった。


でも、そんなの夢だったって、すぐ気付いた。


ミウさん自身もあまり家に帰って来なくな

って、父さんは前よりも酒やタバコだとか、

他にもヤバそうなのばかりにお金を注ぎ込ん

で、家はほとんど俺一人になった。

そんな俺を心配して、内緒で霞がしょっち

ゅう家に来るようになった。俺は霞が心配だ

った。どこかで倒れたりしたら、それこそ大

変なのに、俺なんかのためにわざわざ走って

来て。母さんもだ。忙しくてフラフラしてる

のに、「父さんには言わないでね」って、い

つも封筒にお金を入れて渡しに来て。

……俺は、平気だ。

そう思わせたかった。

いつしか父さんとミウさんが完全に家からい

なくなって、俺一人になっても、俺は大丈夫

だから、もう霞も母さんも来るなって思っ

た。近所の人が俺が通りかかる度に悪い噂話

をしているのを、ちゃんと知ってるんだ。隠

してるようでも、はっきり聞こえる。

……ガキだからって、舐めんじゃねぇよ。



棚に入ってたアルバムも、立て掛けてあっ

た家族写真も、全部ムカついてきた。

まともにこんな皆で笑ってる写真なんて、俺

が生まれてすぐまでじゃんか。

母さんをもう俺なんかの事だけに心配かけた

くない。霞を俺の存在ごときで不安にさせた

くない……。



そう思っていたら、俺は気が付いたら、父

さんみたいになっていった。



それで良かった。

こうすれば、悪い人間になれば、父さんみた

いに、誰も近寄らなくなる。



それで良いんだ。



誰も、俺のそばに来んな。





俺は、父さんやミウさんが忘れてったタバ


コを無理矢理吸い、洗面所に転がってた染髪


料で、髪を金髪に染めた。




もう何もかも、染まってしまえ。



この髪みたいに。



俺が、俺じゃなくなればいいのに。




皆、染まって消えてしまえ。





夕日と同じ色をした、この髪みたいに。

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