小さく小さく、誰にも届かないような声で彼女の名を呼ぶ。それすらも気付いているかのように一瞬だけ白町はこちらを見て微笑み僕から視線を外した。
先生は白町の為に設けられた空席を指差し、
ひなたがぼそっと呟くが、先生は小さく苦笑いをしてからひなたを宥める。
やる気の無さそうなひなたの返事にまた苦笑し、先生はクラスの出席確認をとる。
出席簿から目を上げて先生は指示を出す。
指示に従い、わらわらと生徒達は廊下に出る。
騒がしい空気に、新学期を実感する……が、実を言うと俺はそれどころではない。
俺の頭の中を占めているのは、白町のことだ。
視界の隅で、白町に近付くひなたの姿が見える。
ひなたと南海の会話を聞いて白町がくすくすと楽しそうに笑う。やはり二人はコミュニケーション能力が高い。もう白町と打ち解け始めている。
白町は亜子をはにかみながら見つめて、ふんわりと白町特有の笑みを浮かべる。
やっぱり笑い方はあの頃から全く変わっていない。
わいわい賑やかに会話している三人だったが先生に指示され、出席番号順の列に入る。
………俺も話しかけたい気持ちは山々だが、一つだけ白町とについて懸念があった。
それが不安で、結局、話に入れずじまい。
自分のヘタレ具合を今一度再認識して落ち込む。
──だから、白町が、俺に何かを言いたげな視線でこちらを見ていたことなんて、気付きもしなかったのだ。
クラスメイト達は二人と先生の会話にくすくすと楽しそうに笑い、その中には白町も交じっている。
あの頃と同じく、適応能力は高いらしい。
マジかよ…と絶望の顔をする生徒達を気の毒そうに見る先生。十分間の休み時間を告げるチャイムが鳴り、先生は号令をかける。
大半の生徒達は号令を言い終わると同時に立ち上がり、転入生である白町に興味を示し近付く。
にっこりと笑う白町。
タメ口に直しているのはきっと、南海と話した上で転入生でもタメ口の方が印象が良いと判断したからだろう。小さい頃も、人間関係に聡い少女だったけれど、見ない間に更に磨きがかかっている。
男子はあまりの可憐さに近付けずやや遠くからちらちらと覗き見て、女子は態度も愛想も良い白町に積極的に話しかけに行く。
白町を初めて見た時の、あるあるな反応だ。
いつの間にか席の隣に立っていたひなたは俺の反応を見て、何かを知り得たかのように頷く。
いつものひなたの言動からは想像できない思考能力と判断力に、だいぶ動揺して口が悪くなった。
そう、これが懸念だった。
こちらは初恋の人だから覚えているけれど、あちらはどうか分からない。
もう三年も経ったのだから、俺のことなんて忘れているかもしれない。その確率の方が高い気がする。
小さく息を吐き、ひなたは笑う。
にやにやと笑いながら俺の席から離れ、ひなたは自分の席へと戻った。密かに、嫌に去り際が良いなと首を傾げる。いつものひなたなら、もっと相手を死ぬほど嫌がらせてから立ち去るのに。
………何で俺、ひなたと友達やってんだろ。
不思議な気持ちと少しの虚しさを抱えて一人で小さく首を傾げて、女子に囲まれている白町を見た。
やはり、南海と相性が良いのか、南海と話しながら二人して楽しげな笑い声を上げている。
──覚えてないのだろうか、と思いつつも、やっぱり気になるものは気になって、話しかける口実と、覚えていないと言われるかもしれないという不安が交互に頭に浮かんでは消えていった。
小さくそう呟いて、にやりと笑う。
視線の先には、女子達に囲まれた転入生、白町。
……と、それをもの言いたげに見つめる千夏。
白町の表情は柔らかく穏やかなように見えて、その奥には、寂しさ、哀しさ、少しの苛立ちが見える。
何かを隠している。
彼女は多分、普通の女の子ではない。
にたりと嗤って、白町を見つめる。
彼女こそが、千夏の、南海の、そして俺の、退屈でありふれた日常を一変させるのだろう。
良くも、悪くも。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。