第5話

急性乙女症候群
1,040
2020/10/19 11:47
白町月兎
白町月兎
はじめまして。白町月兎といいます。これからどうぞ、よろしくお願いしますね?
黒川千夏
黒川千夏
……白町
小さく小さく、誰にも届かないような声で彼女の名を呼ぶ。それすらも気付いているかのように一瞬だけ白町はこちらを見て微笑み僕から視線を外した。

先生は白町の為に設けられた空席を指差し、
担任教師
じゃ、白町はあそこの席に着いて。
これから始業式があって、その説明するよー
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
始業式ってやる意味あんのー?
ひなたがぼそっと呟くが、先生は小さく苦笑いをしてからひなたを宥める。
担任教師
まあまあ、高校生になったんだから心機一転ってことでさ
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
へーい
やる気の無さそうなひなたの返事にまた苦笑し、先生はクラスの出席確認をとる。
担任教師
えーっと…欠席はいないな。で、遅刻は……一宮いちみやか。いつも通りだね
出席簿から目を上げて先生は指示を出す。
担任教師
とりあえず体育館に行きます。
廊下に出席番号順に並んでねー
指示に従い、わらわらと生徒達は廊下に出る。
騒がしい空気に、新学期を実感する……が、実を言うと俺はそれどころではない。
俺の頭の中を占めているのは、白町のことだ。

視界の隅で、白町に近付くひなたの姿が見える。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
ねーねー白町ちゃん。
編入試験とか面倒臭いのに何でこの学校来たの?
白町月兎
白町月兎
校風とか、あとはカリキュラムが気になったんです。えっと…甲斐原さん、ですよね
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
お、名前覚えてるんだ。もしかしてクラス全員?
白町月兎
白町月兎
まあ…まだ、顔と名前が一致してない人もいるんですけどね
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
すげー、あったま良いー
南海亜子
南海亜子
そりゃあんたよりは頭良いよ。
白町ちゃん、こいつには近付かない方がいいよ、カスだし女の敵だから
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
南海ちゃんさすが。今日も容赦ないね
ひなたと南海の会話を聞いて白町がくすくすと楽しそうに笑う。やはり二人はコミュニケーション能力が高い。もう白町と打ち解け始めている。
白町月兎
白町月兎
月兎でいいですよ、南海さん
南海亜子
南海亜子
ん、そうする。じゃあ私は亜子でいいよ、あとタメ口でね
白町月兎
白町月兎
うん、ありがと、亜子
白町は亜子をはにかみながら見つめて、ふんわりと白町特有の笑みを浮かべる。
やっぱり笑い方はあの頃から全く変わっていない。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
俺は俺は?月兎ちゃんって呼んでいいの?
白町月兎
白町月兎
うーん……ちょっとそれは……
南海亜子
南海亜子
月兎に近付くな外道
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
えー、何でそっちは早速仲良くなってんのに俺は拒否されんの
南海亜子
南海亜子
日頃の行いのせいじゃね?
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
あーー。…いや、あーじゃねぇよ。
俺は善良な一般市民なんだけど?
南海亜子
南海亜子
それ自己認識間違ってるから。
頭でも打ったの?
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
今日も切れ味が鋭いなぁ南海ちゃん
わいわい賑やかに会話している三人だったが先生に指示され、出席番号順の列に入る。


………俺も話しかけたい気持ちは山々だが、一つだけ白町とについて懸念・・があった。
それが不安で、結局、話に入れずじまい。
自分のヘタレ具合を今一度再認識して落ち込む。



──だから、白町が、俺に何かを言いたげな視線でこちらを見ていたことなんて、気付きもしなかったのだ。








担任教師
──はい、始業式お疲れさま。
まあ残念だけど今日も授業があります
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
センセーの権力で何とか授業無くせねーのー?
担任教師
先生は偉くないからねー…平社員みたいな立場だからねー…ちょっと無理かなぁ…
南海亜子
南海亜子
甲斐、先生に絡むな。
あんたが話すと話が進まないの
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
へいへーい
クラスメイト達は二人と先生の会話にくすくすと楽しそうに笑い、その中には白町も交じっている。
あの頃と同じく、適応能力は高いらしい。
担任教師
そんな新学期最初の授業は……数学。どんまいです
マジかよ…と絶望の顔をする生徒達を気の毒そうに見る先生。十分間の休み時間を告げるチャイムが鳴り、先生は号令をかける。
担任教師
今日の日直は一宮だけど…まだ来てないから先生がやります。気をつけ、礼
生徒達
ありがとうございましたー
大半の生徒達は号令を言い終わると同時に立ち上がり、転入生である白町に興味を示し近付く。
女子生徒A
ねーねー白町さん。
どこの中学校出身なの?
白町月兎
白町月兎
普通の公立の中学校だよ。
丘上中学校っていう、結構遠いところ
女子生徒A
あー、あそこか。結構遠いんだね。通学大変じゃない?
白町月兎
白町月兎
うーん…ちょっと大変だけどね。でもこの学校、楽しそうだから
にっこりと笑う白町。
タメ口に直しているのはきっと、南海と話した上で転入生でもタメ口の方が印象が良いと判断したからだろう。小さい頃も、人間関係に聡い少女だったけれど、見ない間に更に磨きがかかっている。


男子はあまりの可憐さに近付けずやや遠くからちらちらと覗き見て、女子は態度も愛想も良い白町に積極的に話しかけに行く。
白町を初めて見た時の、あるあるな反応だ。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
なぁ、お前って白町と知り合いじゃねーの?
黒川千夏
黒川千夏
はっ…?
いつの間にか席の隣に立っていたひなたは俺の反応を見て、何かを知り得たかのように頷く。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
あー、やっぱり。丘上中学校ってお前の家の近くだろ。あとさっきからちらちら見てるし、白町の自己紹介の時とか驚いた顔をしてたし
黒川千夏
黒川千夏
……お前、偏差値は?
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
32だけど?
黒川千夏
黒川千夏
………お前、ひなたの影武者か?
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
ちげーよ。お前どんだけ俺のこと馬鹿にしてんだよ
黒川千夏
黒川千夏
いや……ちょっとびっくりして……
いつものひなたの言動からは想像できない思考能力と判断力に、だいぶ動揺して口が悪くなった。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
…で、知り合いなんだろ。話しかけなくていいのか?
黒川千夏
黒川千夏
いやー…もしかしたら俺のこと、白町は忘れてるかもだし……
そう、これが懸念だった。
こちらは初恋の人だから覚えているけれど、あちらはどうか分からない。
もう三年も経ったのだから、俺のことなんて忘れているかもしれない。その確率の方が高い気がする。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
……お前、女々しいよな…
黒川千夏
黒川千夏
うっせ
小さく息を吐き、ひなたは笑う。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
ま、お前の好きにすれば?
その間に俺があの子口説き落とすから
黒川千夏
黒川千夏
ちょっとお前のあまりのカスっぷりにビビったわ
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
けっ、豆腐メンタルがほざいてやがる
にやにやと笑いながら俺の席から離れ、ひなたは自分の席へと戻った。密かに、嫌に去り際が良いなと首を傾げる。いつものひなたなら、もっと相手を死ぬほど嫌がらせてから立ち去るのに。

………何で俺、ひなたと友達やってんだろ。
不思議な気持ちと少しの虚しさを抱えて一人で小さく首を傾げて、女子に囲まれている白町を見た。
やはり、南海と相性が良いのか、南海と話しながら二人して楽しげな笑い声を上げている。




──覚えてないのだろうか、と思いつつも、やっぱり気になるものは気になって、話しかける口実と、覚えていないと言われるかもしれないという不安が交互に頭に浮かんでは消えていった。





甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
──さしずめ、千夏の『初恋の人・・・・』ってとこかな?
小さくそう呟いて、にやりと笑う。
視線の先には、女子達に囲まれた転入生、白町。
……と、それをもの言いたげに見つめる千夏。


白町の表情は柔らかく穏やかなように見えて、その奥には、寂しさ、哀しさ、少しの苛立ち・・・が見える。


何かを隠している。
彼女は多分、普通の女の子ではない。
甲斐原ひなた
甲斐原ひなた
さ、愉しい高校生活になりそうだ

にたりと嗤って、白町を見つめる。
彼女こそが、千夏の、南海の、そして俺の、退屈でありふれた日常を一変させるのだろう。


良くも、悪くも。

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