第7話

焦りと嫉妬
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2019/03/17 09:04

金曜日の夜。
あずみの母
あずみー!
ちょっとお願いがあるんだけど
保坂 あずみ
保坂 あずみ
はーい!
なにー?
あずみの母
醤油しょうゆを切らしてるの、忘れてたわ。
すぐに使うから、おつかいに行ってきてくれない?

あずみが家のリビングでテレビを見ていると、夕食を作っている母からそう頼まれた。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
分かった!
薄口でいいんだよね?
あずみの母
うん、そう! 助かるわ~

バラエティ番組の続きは気になるものの、あずみは快く引き受けた。


家族関係は良好で、あずみの服装に関しても、母は口を出すことはしない。


やるべきことはきちんとやっているからだろう。


あずみは母から財布を受け取って、近所のスーパーへと出かけた。




***




調味料コーナーで醤油を無事に見つけたあずみは、レジへと向かう。


順番待ちに並んだところで、目の前の男性があずみを振り返った。
副島 史哉
副島 史哉
……あれっ、保坂さん
保坂 あずみ
保坂 あずみ
副島くん!
副島 史哉
副島 史哉
おつかいに来たの?
保坂 あずみ
保坂 あずみ
うん。
もしかして、そっちも?

史哉は頷き、手に持っている味噌みそのパッケージを見せてくれた。


道場の練習があった帰りで、母親からおつかいを頼まれたのだという。


互いの家が近いのだから、これくらいは偶然ではないのかもしれない。
副島 史哉
副島 史哉
あ……でも、夜道を女の子一人で歩くと危ないよ
保坂 あずみ
保坂 あずみ
うん。
ありがとう、気を付ける

そうやって、仁菜のことも放っておけずに助けたのだろう。


だが、史哉との関係が少し変わった今、あずみはほんの少し嫉妬していた。


方向は同じなので、あずみと史哉は自然と一緒に帰ることになり、並んでビニール袋をげ、スーパーを出る。


かつてなら、どこで会っても軽く挨拶を交わす程度の間柄だったのに、どうしたことか。


史哉と2人きりという状況に緊張し始めたあずみに対し、史哉はどこか機嫌がよさそうだ。

保坂 あずみ
保坂 あずみ
何かいいことあった?
副島 史哉
副島 史哉
うん?
あ、そうだ!
保坂さんには報告しないと……
保坂 あずみ
保坂 あずみ
報告?
副島 史哉
副島 史哉
例のデートのこと

史哉によると、相手の女の子――つまり、仁菜とのデートが次の日曜日に決まったらしい。


いよいよ成果を見せるときだと分かって嬉しいのか、それとも、仁菜のことが気に入っているから楽しみなのか。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
(そんなに、にこにこしなくても……)

あずみの嫉妬心が、徐々に膨れ上がっていく。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
返事は、どうするつもりなの?

あずみは思い切って聞いた。


あずみ自身も、史哉のことが気になり始めていることは、間違いない。


学校の誰よりも史哉の近くにいたのに、どうして今まで、史哉を知ろうとしたり、話そうとしたりしなかったのかと、後悔していた。
副島 史哉
副島 史哉
返事をどうするかは、まだ分からない……
保坂 あずみ
保坂 あずみ
そ、そうなんだ。
ごめんね、変なこと聞いて
副島 史哉
副島 史哉
ううん。
僕も、ちゃんと考えないといけないから

あずみは安心した反面、史哉と仁菜が付き合い始める可能性に焦った。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
(焦ってどうするの……先に副島くんに告白したのは、仁菜ちゃんなんだから)

雑談をしていれば、あずみの家の前まであっという間だった。


史哉はあずみが家の中に入るのを見送るというので、先に門を開ける。
保坂 あずみ
保坂 あずみ
じゃあ、また来週
副島 史哉
副島 史哉
うん。
お礼の件、何がいいか考えておいてね
保坂 あずみ
保坂 あずみ
ああ、そうだったね。
分かった!

あずみは微笑みながら頷く。


だが今は、正直それを考えられる余裕は、あずみにはなかった。

【第8話につづく】

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