金曜日の夜。
あずみが家のリビングでテレビを見ていると、夕食を作っている母からそう頼まれた。
バラエティ番組の続きは気になるものの、あずみは快く引き受けた。
家族関係は良好で、あずみの服装に関しても、母は口を出すことはしない。
やるべきことはきちんとやっているからだろう。
あずみは母から財布を受け取って、近所のスーパーへと出かけた。
***
調味料コーナーで醤油を無事に見つけたあずみは、レジへと向かう。
順番待ちに並んだところで、目の前の男性があずみを振り返った。
史哉は頷き、手に持っている味噌のパッケージを見せてくれた。
道場の練習があった帰りで、母親からおつかいを頼まれたのだという。
互いの家が近いのだから、これくらいは偶然ではないのかもしれない。
そうやって、仁菜のことも放っておけずに助けたのだろう。
だが、史哉との関係が少し変わった今、あずみはほんの少し嫉妬していた。
方向は同じなので、あずみと史哉は自然と一緒に帰ることになり、並んでビニール袋を提げ、スーパーを出る。
かつてなら、どこで会っても軽く挨拶を交わす程度の間柄だったのに、どうしたことか。
史哉と2人きりという状況に緊張し始めたあずみに対し、史哉はどこか機嫌がよさそうだ。
史哉によると、相手の女の子――つまり、仁菜とのデートが次の日曜日に決まったらしい。
いよいよ成果を見せるときだと分かって嬉しいのか、それとも、仁菜のことが気に入っているから楽しみなのか。
あずみの嫉妬心が、徐々に膨れ上がっていく。
あずみは思い切って聞いた。
あずみ自身も、史哉のことが気になり始めていることは、間違いない。
学校の誰よりも史哉の近くにいたのに、どうして今まで、史哉を知ろうとしたり、話そうとしたりしなかったのかと、後悔していた。
あずみは安心した反面、史哉と仁菜が付き合い始める可能性に焦った。
雑談をしていれば、あずみの家の前まであっという間だった。
史哉はあずみが家の中に入るのを見送るというので、先に門を開ける。
あずみは微笑みながら頷く。
だが今は、正直それを考えられる余裕は、あずみにはなかった。
【第8話につづく】
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!