「………出来た」
手や作業着の所々に、オレンジの塗料が付いている。でも、そんなことは気にならない。
我ながら傑作、と言っていいほどに上手く出来た。夕暮れの背景に、躍動感のある木々。これをバックにミホが演技をするのが、楽しみで仕方ない。
すると、ふっと手元に影が差した。驚いて振り返ると、満面の笑みを浮かべるミホがいた。
「良いじゃーん!良くやったぞミヤタツ!」
主演女優からのお墨付きだ。ますます舞い上がって、柄にも無く胸を張る。
「ま、まぁ僕の手にかかればこんなもんよ」
「頼りになるねぇ、それじゃあ、もう一つお願いして良い?」
ミホにしては珍しく、こちらの顔色を伺うように話す。何かあったのかと思い続きを促すと、申し訳無さそうに頭をかいた。
「練習に付き合って欲しくてさ。本当は、あの二人と出来れば良いんだけど……」
『あの二人』とは『空』役と『僕』役のことだろう。ミホが指さした先を見ると、二人は仲良さげに……いや、イチャついていた。
その様子を見れば、ミホが遠慮する理由が誰にでもわかる。
「付き合ってるもんな、あの二人……。良いよ、僕で良ければ」
ミホは嬉しそうに感謝の言葉を述べる。実を言うと、一緒にいられる時間が増えるかな、なんて下心もあったので、少し良心が痛んだ。
「じゃあ、これから毎日この前の公園で練習だからね!」
そう言って、乱暴に台本を押し付けてくる。『僕』役の台本のコピーだった。なるほど、初めから断られるとは思っていなかったらしい。
パタパタと立ち去っていくミホと同時に、空が目に入る。日の沈みかけた空は、驚くほど眩しかった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!