ハッと気がついた時には、ミホは不安げな表情でこちらを見ていた。演技が終わったのにも気付かず、魅入っていたらしい。
それ程までに、ミホの演技は素晴らしかった。相手がいないと言うのに、世界観の全てが見えて来る程。
「ねぇ、ちゃんと見てた?」
訝しむようにこちらを見ているミホに、食い気味で答えてしまう。イメージは、既に固まっていた。
「見てた!夕暮れにしよう、絶対!」
あまりに即答し過ぎたのか、ミホは目を細め、所謂『ジト目』になって腕を組む。
「なんか適当じゃない?夕暮れってさ、今の空そのまんまじゃん」
「だからだよ。もう、夕暮れにしか見えなくなった。夕暮れじゃなきゃ、やだ」
もはや僕は、駄々をこねる子供だった。しかしみっともなくても構わないとさえ思う。
とにかく、夕暮れをバックにしたミホの演技を、皆に見せたくて堪らなかったのだ。
その熱意が伝わったのか、ミホは渋々と言った表情になる。不安げながらも頷くと、パッと表情を切り替えて。
「ま、ミヤタツが言うなら間違いないか!よし、夕暮れで決定!」
と、快活に笑うのだった。そのお達しが何より嬉しくて、僕は思わず『よっしゃ!』とガッツポーズを取った。
そんな僕を見たミホが、またケラケラと笑う。
それが余りにも眩しく輝いて見えたのは、西日が差し込んでいるからに違いない。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。