第59話

伍拾玖
560
2022/03/15 16:02
『治』

「…」

『治。』

「あ…」

『大丈夫?』





あなたちゃんに腕を引っ張られて、我に返った。

あの時私は、彼女と死のうとした。

誰よりも、どんな物よりも大切にしてきた彼女と死のうとした。

悪い事をしたとは思わない。

彼女も合意していた。

だけど矢っ張り、私は最低だ。





「御免ね。さぁ、少し休もう」

『良い匂いするなぁ』





腕を引いて椅子に座らせる。

パイ生地が焼ける良い匂いだ。

かなり上手く作れたようだね。






其れから二十分。

そろそろ焼け上がる頃だろう。






"そろそろじかんだよ"


『うん』






手を引いてオーブンの前に連れて行く。

近づいた方が更に甘い香りが感じられる。






「あ、焼けた。国木田君!」

「嗚呼」






国木田ママがオーブンから焼き上がったアップルパイを取り出した。

え?何故ママなのかって?

ほら、皆のお母さんみたいだからね。






「良い匂いですねー!」

「美味しそう…」

「皆で食べようか。社長も呼んでこなきゃ」

「僕が行ってくるよ」

「乱歩さん、有難う御座います」






出来上がったアップルパイを切り分け、御皿に乗せて

皆が揃ったので、早速食べた。






「美味しい!」

「本当だねェ」

「上手く作れたじゃないか!」

「あなたさんも太宰さんも料理上手ですね!」

「そうかい?」

「もうお兄様!林檎が鼻に付いてますわ」

「うむ、完璧な舌触りに食感。味も素晴らしい。」

「美味です」

「美味しい」





"みんなよろこんでくれたよ"


『うん。良かった』


"よかったね じゃあしばらくしたらいこうか"


『…うん』













「其れじゃあ、行ってきます」

「嗚呼。」

「護衛は鏡花と敦か。頼んだぞ」

「はい!」

「何かあったら直ぐに連絡します」

「嗚呼、直ぐに知らせろ」

「行ってらっしゃい」

「行ってらっしゃーい!」





アップルパイを食べ終わり、片付けをして一息つくと私達は立ち上がり武装探偵社を出る。

そう。

私達は此れから、織田作の墓参りに行く。





『…皆さん。本当に有難う御座いました』

「「「…」」」





あなたちゃんは武装探偵社の皆に深々と頭を下げた。

皆戸惑っていたけど、彼女は本当に感謝しているんだろうな。






『……お元気で。』

「「「!」」」

「……さぁ、行こう。」

「…はい」

「っ…」






彼女は皆にそう云って、私の腕に掴まった。













「電車は使わないの?」

「嗚呼。街を歩きたいという彼女の希望なのだ」





人気の無い道を歩き、ヨコハマの静かな土地を進む。

織田作の御墓まで行く際、此処を通る。

とても落ち着く場所で個人的に凄く好きな道だ。

あなたちゃんも頬を赤らめている。

気に入ってくれたようだ。





「……着いたよ。」

「「…」」

『…』





のどかな墓地だ。

風が心地いい。





「僕達は待機しています。何かあったら呼んでください」

「有難う。」

「行こう、鏡花ちゃん」

「うん」





「……織田作、久しぶり。」

『…』

「あなたちゃんが君に会いたいと云ってね。君達二人が再会するのは久々か。」

『織田作。私、貴方みたいに優しい心を持ちたい』

「…」

『もう悪魔の心は捨てたいの。もう、悪い女として生きたくないの。』

「…」

『私の目と耳、全く反応しなくなっちゃった。仕方のないことだけどね。私さ、もうきっと長くないの。寿命が。』

「っ…」

『確信がある訳じゃないけど、恐らく。残りの人生、織田作みたいに殺しは辞めて人を救いたい。』

「…」

『…成れるかな。』





君は、今まで人を殺す為にポートマフィアに居た訳じゃないだろう。

私見立てでは君はただ、ポートマフィアは親の仇なのだと勘違いしていながら

しかし、ポートマフィアが自分の居場所であると自覚していたからであろう。

私が居て、中也が居て。

大好きな人達が居て。

だから君はポートマフィアに居た。

人殺しを止めて人を救う。

君なら出来るさ。

頭の切れる才に恵まれていながら、心は綺麗な君だ。

織田作もきっと応援してくれる。





「……きっと成れるよ。」

『…』





聞こえてないよね。

判ってる。





『織田作は私の話を遮ることなく、ずっと聞いてくれてたよね。今回もそうしてくれたら嬉しいな』

「…」

『話したい面白い話がいっぱいあるんだ。此の前治がね___』






二時間が経った。

永遠と私の話や中也の話

ポートマフィアの話、日常の話を語り続けた。

墓の前に座って何処に目を向けているのかも判らない。

が、とても楽しそうに口を動かす。





『はぁ……喋ったなぁ』

「そろそろ御別れのようだね」




"かえろうか"




『…うん。』

「織田作、有難う。またね」




『…織田作。宜しくね』




「…」

『行こう、治』

「…嗚呼」





……"あの世で"宜しく、か。













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