『治』
「…」
『治。』
「あ…」
『大丈夫?』
あなたちゃんに腕を引っ張られて、我に返った。
あの時私は、彼女と死のうとした。
誰よりも、どんな物よりも大切にしてきた彼女と死のうとした。
悪い事をしたとは思わない。
彼女も合意していた。
だけど矢っ張り、私は最低だ。
「御免ね。さぁ、少し休もう」
『良い匂いするなぁ』
腕を引いて椅子に座らせる。
パイ生地が焼ける良い匂いだ。
かなり上手く作れたようだね。
其れから二十分。
そろそろ焼け上がる頃だろう。
"そろそろじかんだよ"
『うん』
手を引いてオーブンの前に連れて行く。
近づいた方が更に甘い香りが感じられる。
「あ、焼けた。国木田君!」
「嗚呼」
国木田ママがオーブンから焼き上がったアップルパイを取り出した。
え?何故ママなのかって?
ほら、皆のお母さんみたいだからね。
「良い匂いですねー!」
「美味しそう…」
「皆で食べようか。社長も呼んでこなきゃ」
「僕が行ってくるよ」
「乱歩さん、有難う御座います」
出来上がったアップルパイを切り分け、御皿に乗せて
皆が揃ったので、早速食べた。
「美味しい!」
「本当だねェ」
「上手く作れたじゃないか!」
「あなたさんも太宰さんも料理上手ですね!」
「そうかい?」
「もうお兄様!林檎が鼻に付いてますわ」
「うむ、完璧な舌触りに食感。味も素晴らしい。」
「美味です」
「美味しい」
"みんなよろこんでくれたよ"
『うん。良かった』
"よかったね じゃあしばらくしたらいこうか"
『…うん』
・
・
・
「其れじゃあ、行ってきます」
「嗚呼。」
「護衛は鏡花と敦か。頼んだぞ」
「はい!」
「何かあったら直ぐに連絡します」
「嗚呼、直ぐに知らせろ」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃーい!」
アップルパイを食べ終わり、片付けをして一息つくと私達は立ち上がり武装探偵社を出る。
そう。
私達は此れから、織田作の墓参りに行く。
『…皆さん。本当に有難う御座いました』
「「「…」」」
あなたちゃんは武装探偵社の皆に深々と頭を下げた。
皆戸惑っていたけど、彼女は本当に感謝しているんだろうな。
『……お元気で。』
「「「!」」」
「……さぁ、行こう。」
「…はい」
「っ…」
彼女は皆にそう云って、私の腕に掴まった。
・
・
・
「電車は使わないの?」
「嗚呼。街を歩きたいという彼女の希望なのだ」
人気の無い道を歩き、ヨコハマの静かな土地を進む。
織田作の御墓まで行く際、此処を通る。
とても落ち着く場所で個人的に凄く好きな道だ。
あなたちゃんも頬を赤らめている。
気に入ってくれたようだ。
「……着いたよ。」
「「…」」
『…』
のどかな墓地だ。
風が心地いい。
「僕達は待機しています。何かあったら呼んでください」
「有難う。」
「行こう、鏡花ちゃん」
「うん」
「……織田作、久しぶり。」
『…』
「あなたちゃんが君に会いたいと云ってね。君達二人が再会するのは久々か。」
『織田作。私、貴方みたいに優しい心を持ちたい』
「…」
『もう悪魔の心は捨てたいの。もう、悪い女として生きたくないの。』
「…」
『私の目と耳、全く反応しなくなっちゃった。仕方のないことだけどね。私さ、もうきっと長くないの。寿命が。』
「っ…」
『確信がある訳じゃないけど、恐らく。残りの人生、織田作みたいに殺しは辞めて人を救いたい。』
「…」
『…成れるかな。』
君は、今まで人を殺す為にポートマフィアに居た訳じゃないだろう。
私見立てでは君はただ、ポートマフィアは親の仇なのだと勘違いしていながら
しかし、ポートマフィアが自分の居場所であると自覚していたからであろう。
私が居て、中也が居て。
大好きな人達が居て。
だから君はポートマフィアに居た。
人殺しを止めて人を救う。
君なら出来るさ。
頭の切れる才に恵まれていながら、心は綺麗な君だ。
織田作もきっと応援してくれる。
「……きっと成れるよ。」
『…』
聞こえてないよね。
判ってる。
『織田作は私の話を遮ることなく、ずっと聞いてくれてたよね。今回もそうしてくれたら嬉しいな』
「…」
『話したい面白い話がいっぱいあるんだ。此の前治がね___』
二時間が経った。
永遠と私の話や中也の話
ポートマフィアの話、日常の話を語り続けた。
墓の前に座って何処に目を向けているのかも判らない。
が、とても楽しそうに口を動かす。
『はぁ……喋ったなぁ』
「そろそろ御別れのようだね」
"かえろうか"
『…うん。』
「織田作、有難う。またね」
『…織田作。宜しくね』
「…」
『行こう、治』
「…嗚呼」
……"あの世で"宜しく、か。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!