第5話

3,212
2021/01/10 12:07
「カップルかな…?」

「兄弟じゃない?」

「女の子の方,まだ子供じゃない?」

「え,でも男の子の方も似た感じだよ?」



「ありゃりゃ,なんか注目されてる…」

『っ…』

「…大丈夫だよ,僕が着いているからね」

『うん…』


この時,僕は背後から視線を感じた。


「……あなたちゃん」

『何…?』

「ちょっと近道しようか」

『え…?わっ!』

「っ!」


私はあなたちゃんの背中と膝裏に腕を回して持ち上げて

路地裏に入った。


『治…何がっ』

「三人くらいに付けられてる」

『!』

「マズいな…あんまり奥に入ると道が判らなくなる…」

『…此処…』

「え?」

『治,降ろして』

「え?」

『此方!』


あなたちゃんは僕の手を掴むと,駆け出した。


「あなたちゃん!何処行くの⁉︎」

『此処知ってる。何回か此処でポートマフィアの人間と戦った事有るから…!』

「っ……」


そんな事で知識を付けて…

今まで生きてきたって云うのかい…?


「…あなたちゃん」

『何?』

「"可哀想"と云う言葉は,他人から云われると,苛つくかい?」

『…其れ,今じゃなきゃ駄目?』

「うん。」

『…走りながらで良い?』

「うん」

『可哀想って,其の人の気持ちを判って居ないから,そんな事云えるんじゃないかな。』

「…」

『でもね,』

「!」

『判って居ても,其の言葉しか自分の気持ちを伝える事が出来ない事も有る』

「…。」

『でも,一目見ただけじゃ判らない。だから,其の人は行動に移す』

「行動?」

『好きな人へなら抱き締めたり,友達なら慰めたりする』

「…」

『其れだけで,"他人呼ばわりじゃない"って証明される。だから信用出来る』

「……あなたちゃん!」

『え?』


僕はもう一度,彼女を抱き抱えた。


『ちょっ,治⁉︎』

「しっかり掴まってて!」

『自分で走れるよ!』

「良い!」

『!』

「良いのさ。今此の状況で,君に"可哀想"と云えるのは…此れしか無い」

『…』

「此のまま,簪の店まで逃げようか」

『…うん』


あなたちゃんは僕の胸の裾を掴んで首元に顔を沈めた。

包帯を通して掛かる彼女の息が,僕の肌を擽った。










「『こんにちは』」


「はぁい,また綺麗な御嬢さんが来てくれたもんだねぇ。」

『?』

「はい。」

「何を探して居るんだい?」

「此の子の,此の着物に似合う簪を探しています」

「簪か。紺色に肌色の羽織なら,余り花飾りと云うのは見ないねぇ。落ち着いた物にしよう。此方に良いのが…」


「探してくれるみたいだよ」

『…ねぇ,治』

「ん?」

『簪…治が選んで…?』

「僕が?良いのかい?」

『うん』

「………なら,叔母様に候補を出して貰った中から選ぼうかな」

『うん…!』



「色々有るんだよ。花でも落ち着いた物がいっぱい有ってねぇ,此れは梅,此れは桃,桜だとか…花は好きかい,御嬢さん?」

『はい,御花は好きです』

「そうか。けど私は,御嬢さんは冬が似合うと思うんだ」

「冬…ですか?」

「ムラのない綺麗な茶髪に,灰色の透き通った目…中々の美人さんだよ」

『…』

「其れに,綺麗な肌の色してる。」

「…」

「だから私は,此の中で出すよ」


叔母様が選んだ簪は,松冬草や猩々木

冬の花がいっぱい有った。

中には,雪の簪も…。



『…綺麗…』

「そうかい,気に入ってくれたかい?」

『はい…!』

「それじゃあ,此の中から選んでおくれ」

『治。』

「うん」



何れにしようか,物凄く迷った。

一つずつ,彼女の髪に当てながら…

30分後…。



「やっと二つに絞れた…」

『…』

「偉く悩んでるもんだねぇ」


叔母様が御茶を持って来てくれた。


「あ,済みません…」

「良いのよ,此の御嬢さんの為に真剣になっている証拠さ。私は全然大丈夫だよ」

「有難う御座います」

『…御菓子,美味しい…』

「そうかい。遠慮せずに沢山お食べ。なんせ私一人で生活してるもんでねぇ,御近所さんだとか親戚だとかにいっぱい貰うんだけど,中々一人では食べられなくてねぇ」

『…御饅頭…!』

「ふふっ,沢山お食べ」


口いっぱいに御菓子を頬張るあなたちゃんを見て

幸せそうな彼女を見て

此方まで微笑んでしまう。


「……決めました」




僕が選んだ簪は_____。















「御帰り,二人とも」


「只今」

『只今,姐さん!』

「おぅおぅ,元気じゃのうあなた。」

『見てみて,治に選んで貰った!』

「ほぅ,綺麗な簪じゃ。あなたによぅ似合ぅておる」

「でしょ?」

「おぅ」

「あなたちゃん,森さんにも見せておいで」

『うん!』



「………確かに似合ぅておるが…変な趣味じゃのぅ,太宰」

「…良いんですよ,彼れで」



「_____"雪結晶"の,簪とはのぅ。」







"雪結晶"とは

「心の浄化」を意味するもの。

彼女の今までの心の汚れを,綺麗にしてあげたい

そう云う願いで此の簪にした。

彼女の何の辛さも感じさせない,不意な笑顔が

僕の今の支えだと思う。

そんな笑顔を何時迄も,僕が此の手で守ってあげたい。










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