第57話

伍拾漆
602
2022/02/27 14:01
「只今ー!」

「「「お帰りなさーい」」」

「太宰、漸く帰ったか。時間がかかったな」

「仕方ないのだよ国木田君。彼女は目が見えないし音が聞こえない。丁寧に誘導エスコートしなきゃ」

「彼女?」

「……ほら。」






『…』






「あなたさん…」

「あなた…」

『…御早う御座います。』

「「「…」」」

『……皆さんに、ご迷惑をおかけしました。謝っても許される事ではありません。私は視力と聴力を失いました。当然の報いです』

「…あなたさん…」

『有難う御座いました。助けてくれて、沙羅神の組織を潰してくれて』

「「「…」」」

『…今思えば、両親の仇も取れました。本当に有難う御座いました』

「…」




彼女が皆へ御礼を云いながら深々と頭を下げていると

社長は彼女の頭を撫でた。




「…」

「社長…」

「「「…」」」

「…太宰、手に文字を書くのだったな」

「はい」




"あたまをあげよ"




『…』

「…」




"よくいきていた よいことだ"




『…寧ろ…死んだ方が良かったかもしれませんよ』




"そんなことはない いのちはみなたいせつなものだ"


"きみはよこはまのみなのいのちをすくった"


"しゃらしんのあたまをたおし いのうをとりもどした"




『……有難う御座います。社長さん』

「…」




"れいはいらぬ"


"きょうはたのしむがよい"





『はい』

「太宰、相手をしてやれ」

「はーい」

「国木田、本日の業務は暫し休止だ」

「はい?」

「…皆であなたを楽しませてやれ」

「「「!」」」

「…承知しました」

「やったー!アップルパイ食べれるんだねー!」

「全部食べるなよ、乱歩」

「判ってるって!」













「はい、どうぞ!」

「似合ってるねェ」

「太宰さん!出来ました!」

「嗚呼、有難う」





ナオミちゃん達に彼女の服を変えてもらうように頼むと

此れから料理をするには相応しい、礼装ドレス前掛エプロンという格好で出てきた。

幼い幼女のようで、森さんが見たら飛びつくだろうなぁ。

可愛いから絶対に阻止するけど。





"にあってるね"





『有難う』

「さて、あなたちゃんの準備も完了したことだし。早速取り掛かろうか!」

「「「はい!」」」






国木田君が谷崎君を連れて、材料を揃えてくれた。

此の短時間で全て揃えるとは、流石国木田君って処だねぇ。






「アップルパイはイングランドで初めて作られて、国によって作り方が異なるらしい」

「へぇ」

「アメリカでは一つずつ固形で林檎をパイ生地に包むのだそうだ。日本はケーキ状に。オーストラリアではパイ生地をロールケーキのように巻いて焼くらしい」

「流石国木田君、物知りだねぇ」

「まぁな」

「早速作ろうか。」





あなたちゃんの手を握って、手前に寄せると

腕の中に入れて右手と左手に両手を添えた。





「こうすれば、目が見えなくても料理が出来るね」

『治…?』

「ふふっ。君が凄く近くに居る」

『?…』

「敦君、下拵えは終わったかい?」

「はい!今終わりました」




鏡花ちゃんが薄力粉と強力粉をふるい合わせたものが入ったボウルを手渡してくれた。

あなたちゃんの前に持って行くと、一から説明をした。





"これはきじになるこな"


『うん』





次に鏡花ちゃんが持ってきたのは塩とグラニュー糖。





"これはしおとぐらにゅーとう"


『グラニュー糖って何?』


"せいかようのさとうだよ"


"これをつかったほうが おいしくなる"


『凄い…』






塩とグラニュー糖を混ぜて、また鏡花ちゃんからボウルを受け取る。

其処には細かく切られた 牛酪バターが。






"これはばたー"


"これはれいとうこにいれる"


『うん』





鏡花ちゃんに渡して冷凍庫に入れてもらう。





「国木田君、牛乳と水を混ぜて冷蔵庫で冷やしてくれているかい?」

「問題ない。全てこなしている」

「有難うね」






準備が全て整った。

よし、本格的に作業に取り掛かろう。






"ちゅうやとつくったときのれしぴだから あじはほしょうしないよ"


『中也料理上手いのに』


"あんなおばかさんのなんてだめ!"



『ふふっ』





あなたちゃんの手を動かしながら、アップルパイを作っていった。

林檎の皮を剥いて、細かく切って

鍋に切った林檎と 牛酪バターを入れる。

あなたちゃんに棒を握らせて、かき混ぜさせる。

砂糖と檸檬汁を入れると、部屋一杯に甘い匂いが広がった。





「良い匂いですね!」

「食べたーい!」

「乱歩さん、まだジャムです」

「美味しそうだねェ」





社員が反応する程良い匂いで、確かに美味しそう。

あなたちゃんだって、鼻に林檎の香りを一杯嗅ぎ込んで頬を赤らめている。

嬉しそうだ。





『良い匂い…』

「ふふっ」




"それじゃあ ふたをしてしばらくにこんでおこう"


『放って置いていいの?』


"だいじょうぶだよ"


『判った。』




暫くして鍋蓋を開けると、又もや林檎の良い香りが。

林檎は煮詰まっていて、柔らかくなっていた。




"ぱいきじはくにきだくんにつくってもらったよ"


『そうなの?』


"あぁ つくるのがむずかしくてね"


『失敗した?』


"そうなのだよ だからこそこまったときはおかあさんだね"


『独歩お母さん』

「ブふっ…」

「誰が母さんだ!」





国木田君に出来上がったパイ生地を貰って、麺棒で伸ばして薄くしていく。

二人でやるのは難しいけど、なにかと楽しい。





「一つずつ切って…卵黄を塗って」

『よいしょ…』




"できあがったじゃむをきじにしきつめるよ"


『こう?』


"そうだ じょうずだね"





穴を開けたパイ生地を被せて、卵黄とシナモンを塗って

いよいよ焼く。

これまでで一時間か。

なかなかの大仕事だね。





"にじゅっぷんまってね"


『判った』


"はなにこながついてるよ"


『粉?』





鼻を手で拭ってあげると、粉が取れた。

顔をまじまじと見るとエリス嬢に少し御化粧をしてもらっているみたいだ。

瞳がキラキラ輝いていて可愛い。

唇も薄めの口紅を塗っている。

懐かしいなぁ、あの"任務"。

思い出した。















4年前。

首領室。





「失礼します」





「おはよう。中也君」

「御早う御座います」

「頭は大丈夫かい?」

「え?」

「あなたちゃんが教えてくれたよ。昨日かなり呑んだんだってね」

『いつもよりピッチ早かったもんね。二日酔い大丈夫?』

「なんで首領に教えるんだよ…」

『ふふっ』

「中也君。今日の予定で太宰君と任務の筈だったんだけどね。急遽、其れが無くなった」

「はぁ…」

『治がドタキャンしたんだよ。やりたくなーい,って』

「何だよアイツ…」

「別であなたちゃんとの任務に入っちゃってね。太宰君と二人で行ってもらう事になったんだ」

『私一人でも良いのにね』

「今日はエリスちゃんがお散歩に行きたいと言ってね。生憎私は予定が入ってる。護衛に行ってくれるかい?」

「判りました」





「あなたちゃーん!」





『全く…』

「行こう!」

「偉く元気だな、お前…」

「まぁね。中也はエリス嬢の護衛頑張ってねぇ」

「手前…!」

「じゃあ、頼んだよ」

「はーい」

『行ってきます』

「行ってらっしゃい」





4年前、私は久々のあなたちゃんとの任務に胸高鳴っていた。

彼女と組んだ仕事はとても楽しい。

合理的な行動、瞬発する頭脳。

私達が組んで作戦が成功せず、敵が怯えなかった任務など一つもない。





「さーて,早速任務開始だ」

『やけにやる気になってるね』

「まぁね。此れが今回の任務の資料だよ」

『…』

「全く…面倒な事してくれるね」





あなたちゃんに見せた資料には、とある闇金融会社の裏口が書かれていた。

使い物にならない部下は次々と殺され、金は腐るようにある。

とんでもない闇組織だ。

最近、其の闇組織が仲間割れをしたらしく殺し合いを図った。

規模が大きく、民間にまで被害が及んでいるらしい。

ヨコハマまでも巻き込む危険性がある。

其れを阻止するようにという首領からの命令。

具体的に如何するのか教えて欲しいのだけれどね。






『……殺し合いってさ。』

「…」

『やりたきゃ勝手にやってろよ、って思った事ない?』

「……有るよ」

『でも戦ってる時に、生きる事も死ぬ事も……忘れちゃうんだよね』

「…」

『だから思った事は有っても、云えないんだ』

「……君は、生きなきゃいけないよ」

『如何して?』

「…」



『生きるなんて行為に、何か価値があると本気で思ってる?』



「!…」

『…………なんてね。前にも云った事ある気がするなぁ』

「…行こうか。」

『うん。』






其れから数日は、闇組織の事を調査。

部下の動員も兼ねて街を捜索。

けど、相手の隙を突ける情報はあまりない。

こうなったら、懐へ入り込むしかないか。

いつものバーへ呑みに来たけど、なかなかいい案が浮かばない。






「はぁー」

『相手の組織、かなり大きいね』

「もう……任務は押し付けられるし、織田作達は来ないし!」

『…』

「自殺方法も思いつかないしぃ…」

『……治はさ』

「…」

『楽な自殺がしたいんだよね』

「…うん」

『…そんなに求めて…楽しい?』

「…素敵じゃないか、自殺って」

『…そう。』

「でも、なかなか無いんだよねぇ。痛くない自殺方法は」

『……一つあるよ』

「え…?」

『一酸化炭素中毒は人間に有害な物質だけど、本当は一番身体への負担が少ない毒なの』

「…」

『昔、何かの本で読んだ事が有る。有る時、互いを愛し合う男女が居た。二人は科学者だった。』

「…」

『けど女性が愛する人と心中したくて、内緒で一酸化炭素の毒性症状と似た成分を粉末化したものと脳刺激を送らせない為の鎮静剤を混合させた口紅を作ったの。』

「口紅…?」

『でも男性は、其れを知っていた。彼女が作っている姿を見ていたから』

「…」

『女性は其の口紅をつけて、男性と接吻キスをした。二人は其の場で手を握りながら、死んだ』

「……初めて聞いた話だ」

『うん。』

「口紅ねぇ……此の前姐さんが云ってた。女が身に付けるものは自分を美しく見せる為の物だ,って」

『…其れで愛する人を死なせる……しかも一緒に死ぬ人は其れを知っている』

「…残酷だ」

『残酷だけど』

「…」

『素敵じゃない?』

「!」

『愛し合う二人が、最後に接吻キスで死ねるなんて…』

「…そうか。」












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