第60話

陸拾
561
2022/04/10 07:51
織田作に別れを告げ、敦君と鏡花ちゃんの処に戻る。




「やぁ、待たせたね」

「いいえ。鏡花ちゃんといっぱい話せたので」

「珍しいね。鏡花ちゃんがお喋りだなんて」

「偶には良いかなって…」

「そっか。」




先刻よりも二人の顔は重い。

薄々感じているんだね、此れがあなたちゃんとの最後の時間なんだって。

まだ確証はないのに。




「…太宰さん、あなたさんの手に触れても良いですか?」

「勿論。」




"あつしです"




『敦…?』


"あなたはこれから しぬんですか"


『……うん。そうだよ』


"きもちは きまっているんですか"


『うん』


"しあわせにいきられましたか"


『……うん。中也も治も居てくれた。其れに、私に関わってくれた皆との思い出が作れた』


"よかったです"


『有難う。敦君、鏡花を宜しくね』


"はい"





敦君はあなたちゃんの手を引いて、鏡花ちゃんの手と繋がせた。





『…鏡花か。相変わらず小さな手』

「…」

『しっかりご飯食べてね』


"はい"


『色仕掛けはもっと大きくなってからね』


"はい"


『自分を信じて』


"はい"





たった二文字。

は、い。

此の二文字を掌に書く度に、鏡花ちゃんの手は震えている。

私の知る限りでは鏡花ちゃんの恩師はあなたちゃんだ。

ポートマフィアでの鏡花ちゃんは、とても14歳の少女とは思えないほど憎悪を抱えていた。

けどそんな鏡花ちゃんを、彼女は大切にしていた。

怪我をした時は手当をし、飢えて死のうとした時は無理矢理にでも食べさせた。

彼女の努力があったから、今こうして鏡花ちゃんが居る。

自分の尊敬し、敬愛し、信頼し、憧れとして見てきた恩師が今からあの世へ逝く。

其れが未だ、信じられずに居るんだね。





「…っ…」

『……鏡花、泣かない』





声をほんの少しだけ上げて、彼女は叱った。

私が敦君にした、助言のように。





『私が居なくても、生きていくの。挫けても、誰も助けてくれないの。』

「っ…」

『其れで人は自分を憐れむ。其れが人の心なの。けどね』

「?…」

『自分を憐れむな。』

「「!…」」

「…」

『自分を憐れめば、人生は終わりなき悪夢なの』

「…」

『いい?』

「っ…」




"はい"




『善し。治、皆で甘味処に行こうよ!』

「え?」

『珈琲も飲みたいなぁ。』

「…全く、仕方ないなぁ。愛する女性の頼みとあらば叶えるしかないもの」

「太宰さん…」

「行こうよ。私がご馳走するよ」

「やったー!」

「甘味処…!」

「さぁ、行こうか」




あなたちゃんの手を取ると、同意した事に納得したのか笑顔を浮かべた。

本当に、可愛いんだから。













あれから鏡花ちゃんと敦君と別れ、二人でヨコハマを歩いた。

尾行や監視は無さそうだ。

周りから見てみれば、唯の恋人のように思われるだろうか。

一日でいいから、唯普通の恋人に成りたいな。




『治』

「ん?」

『お手洗いに行きたい』

「いいよ。」




ショッピングモールに入って、彼女が出てくるのを待った。

ペットショップがある…

一寸した好奇心で寄ってみた。

うわ、狗だ…

元気に吠えてたり走り回ったり、矢張り難敵だね。

おや…?




「済みません、其処の御嬢さん」

「はい?」

「此の子、気分が悪いようだ」

「あら、本当…大変っ」




私の前に居た狗。

どうもぐったりしている。

無事に済んだね、良かった。

……はぁ

どうも、優しい心とは判らないな。

苦手な狗を助けるなんて。





「……あなたちゃん、遅いな」





目が見えず困っていたら大変だ。

迎えに行こう。





「!…」





お手洗いの前にあなたちゃんと、柄の悪い男が二人…





「先刻から何無視してんだよ」

「此奴目見えてないんじゃね?先刻から何処にも目の時点合ってねぇし」

「じゃあ急に殴られても襲われても判んねぇってことか。其れは好都合だな」




「…そんなことさせないさ」




「「!」」

「…彼女を離し給え」

「何だ御前」

「嫌だと言い、彼女を此の儘傷付けると言うのなら今すぐ君達を社会的に抹殺しよう」

「「は?」」

「君達を社会的に抹殺なんて、電話一本で出来ることだ。されたくなければ此処から立ち去るんだ」

「…行こうぜ」

「嗚呼」





『…』

「…」



"だいじょうぶかい"



『大丈夫』

「…」




こんな姿になってもナンパなんて、流石というか何というか。




『っ…』

「おっと…」




彼女は私に抱き着いてきた。

少し震えているようだ。




「…怖かったんだね、よしよし」

『…』




頭を撫でてあげると、顔を埋め擦り寄ってきた。

まるで怯えて甘える猫のようだ。




『…怖かった…』

「御免ね。」




"もうはなさないから"




『女子トイレに入ってくるの?』

「其れは勘弁」




"いえにいこうか"



『行く』













私の家に向かう途中、あなたちゃんが寒いと云った。

そういえば、トレンチコートを探偵社に忘れてしまったね。

今身に纏っているのは赤いワンピースだけ。

今の季節だと夜は冷えるか。



「どうぞ。」

『!…』



私は自分が着ていたトレンチコートを彼女に被せた。



『…有難う。』

「どういたしまして。」



彼女がコートに手を通す姿を見て、思い出した。

私がポートマフィアを抜け、探偵社に入る当日。

早朝に広津さんに呼び出されて、珈琲店に行った。





4年前。





「…やぁ、広津さん」

「久しぶりだな、太宰君。2年ぶりか?」

「そうだね」

「君がポートマフィアを抜けて、もう2年か……時の流れは歳を重ねる程早いものだ」

「私も早く感じたよ。」

「…急な呼び出し済まないが彼女から、頼みがあってね。」

「…彼女?」

「惚けるのは似合わぬぞ。君が唯一愛した女性だろう」

「…まァね」

「私が君と2人きりで会う事を知るのは首領だけだ。中原君は知らない。あくまで極秘だ」

「…だから尾行も他の部下の様子もないんだ」

「……嗚呼。」

「…」

「先ずは此れを。」

「!…」




広津さんの手には、私があげた雪結晶の簪が。




「…」

「……君に返すと。」

「…」

「…云っていた。君との事を忘れるわけではないと。」

「…」

「だが私は、君が此れを受け取るか受け取らないかは君次第だと思うけどね」

「…」

「此れは君と彼女を繋ぐ想い出だ。」

「……」




私は簪に手を伸ばした。

が、其の手を引っ込めた。




「……彼女に返して」

「…承知した」

「……確かに想い出だよ」

「…」

「私と彼女の初の任務だもの。簪を初めて挿した彼女の姿は幼くも、とても綺麗だった。私は其の瞬間に見惚れていた」

「…」

「彼女に恋をした瞬間だったのだ」

「…」

「……其の簪を私が受け取れば、私が彼女から私の記憶を消すようなものじゃないか…」

「…そうとも限らぬぞ」

「…え…?」

「…まぁ、簪は彼女に返しておこう。本題は此方だ」

「!…」




広津さんは私に、紙袋を差し出した。




「…此れは…?」

「彼女から。」




受け取り、中を見ると

其処に入っていたのは、淡い茶色のトレンチコート。




「彼女が云っていた。君が着ているコートは首領から貰った物だと。」

「…」

「君の立場が変わる。其の印に成るかは判らない。唯、」

「?…」

「…就職祝い、だそうだ。」

「っ…!」




広津さんは珈琲を飲み干し、席を立った。




「私からも云おう。精々励み給え」

「…っ」

「…彼女は君の事を応援するつもりだそうだ。」

「…」

「其れでは。」




……嬉しかった。

彼女からの就職祝い。

真逆そんな物人から貰えるなんて思ってなかったけど。

中也の車が爆発した事より嬉しい。




「……」




「こんな処に居たか」




「…やぁ、国木田君」

「初出社だろうが!遅刻とは貴様…!」

「まぁまぁ。少し用事があってね」

「…其の紙袋は?」

「……就職祝いを貰ったのさ。私の愛する女性からね」

「…」

「其の目はなにさ」

「…貴様は女性を棚に上げるような男だと思っていたが、真逆愛する女性が居たとは…」

「そんなにイメージない?」

「ないな。」

「悲しい…」

「……全く。さっさと探偵社に出社しろ!」

「はいはーい」




国木田君に連れて行かれて、探偵社に出社して

私はコートを脱いで、彼女がくれたトレンチコートを羽織った。




「……有難う。お陰で君が傍に居てくれている気がするよ。」




私は相当な自意識過剰野郎だと思う。

彼女が就職祝いをくれたという事は、彼女は私に何か思いがあるのではないかと

かなり期待してしまう。

次会った時は、私は君を離そうとしないだろう。

心の底から愛すると思う。





君と一緒に死にたいなぁ







「弱者を救い、孤児を守れ。」






はいはい、判ってるよ。











 

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