第2話

はじまり
273
2020/05/26 06:26
初めて1年前の夢を見たのは2019年9月1日。
2学期が開始した日のことだった。

その日私は、「居眠りしながら何とか始業式を乗り切り、行きつけのカレー屋さんで友だちと昼食をとったあと家に帰ってピアノの練習をした」という、特に何の変哲もない1日を過ごして、布団に入った。


かち、かち、かち、かち...。

時計の針が動く音はいつも規則正しい。
メトロノームみたいに。

そんなことを思うと同時に、私は今日昼食に食べたチーズナンの味を思い出していた。

じゅわっと広がるチーズの旨み。そして香ばしいナンの香り。ああ、美味しいって素晴らしい。美味しいものは、世界平和の象徴だ。あのカレー屋をクラスに流行らせたのは、確かねーさん(というあだ名の友人)だったっけ。ねーさん、感謝だ。

こんな感じで昼食の余韻に浸っているうち、
いつの間にか私は眠っていた。



「池田、私は"最悪"という言葉の意味が
よーく分かったよ!」
「浪川はまだ俺よりマシだ!!俺の方が...
あああ最っ悪だあああ!!」


え!何これ、夢?!!
...いくらなんでもリアルすぎる!!!

私は思わず吹き出した。だって目の前にちょうど1年前の私がいたのだから。1年前の私はまだ中学生で、ださい制服を律儀に身にまとっている。

その隣にいる池田 京は当時、中学3年生のときのクラスメイトで、友人だ。高校生になって学校が離れた今でも、会えば立ち話をしたりするのであまり懐かしい感じはない。

ただ、私も池田もやはり少し幼い。
そして今より確実に、なんかださい。

私と池田はどうやら下校中のようで、池田の家の前で大声で立ち話をしている。ああ、近所迷惑だろうな。

私の姿は、目の前で泣き叫ぶ1年前の私と池田には、全く見えていないのだろうか。試しに池田のつむじをぶすっと人差し指で押してみる。

「うわあああ!」

お?気づいたか?

「わああもう嫌だああ!
ああ俺ゼッタイ不登校になってやる!!」

...どうやら全く気づいてないらしい。

傍にある電柱をがーーん!!と蹴り飛ばしたり、1年前の私の我ながら綺麗なポニーテールをぶんぶん振り回したりしても、2人は異変を感じているような素振りを全く見せない。つまらないな、もう。

よく分からないが、私はいないことになっていて、私が起こす行動も実際には起きていないことになっている、ということだろうか。

まあ何でもいいや、と私は思った。
どうせただの夢なんだし。


「私さ、ほんと駿地のこと苦手なんだよね」

げっ駿地だって?私は思わず顔をしかめる。
1年前の私もげえぇと嘔吐してしまいそうな表情をしていた。

「なんか私、駿地に超嫌われてんのよ。嫌いなら私の存在ごとガン無視してくれていいのにさ、いちいち突っかかってくるんだよね!」
「駿地って見た感じ怖いけど、普通に話すと面白いしめっちゃ優しいのに...なんで浪川にはあーなんだろうなっあははっ」
「あははっじゃないよもう!!明日振り向いたら後ろの席に駿地がいると思うと怖くて怖くて息出来なくなりそう!」
「ははっ浪川にも怖いものがあるんだな。」
「あるよ、そりゃ。あーもう
席替えなんて無くていいのに」

今目の前で繰り広げられている愚痴大会は、1年経った今でも覚えている。1年前、私と池田はクラスで学級委員の補佐をする班長という役職だった。
"学期ごとに行われる席替えの席は、学級委員と男女3人ずついる班長が話し合って決める"という決まりがあり、私と池田は放課後その「話し合い」に参加したのだが、私と池田は見事に最悪な班の長にされてしまったのだ。

「俺も席替えなくていいってのに同感。わがままな奴ばっかの班のリーダーなんて出来るかよ!!」
「よし、池田、一緒に席替え中止の署名運動でもしよっか?」
「お、いいね!......ってそんなの、例え署名集まっても先生たちが許すわけねーだろ馬鹿か」
「1度はいいね!とか言った癖に!この眼鏡野郎。」
「世界中の眼鏡をかけている人を敵に回したね。眼鏡族舐めんな。」
「眼鏡かけているってだけでなんかザンネンだよね弱そうだな、その族。あ、そういえば駿地も眼鏡かけてるよねだからザンネンなんだな。あーやだなー!!駿地やだなー!!」
「眼鏡=ザンネンってのは偏見だね今すぐその考え捨てた方がいいよ。あーやだなー!!席替えやだなー!!」

いつのまにか1年前の私は道端にどかんと座り込んでいる。やれやれ、パンツ見えるぞ。一応池田も男だ、その辺もっと気にしろ私。

私は呆れたのと、くだらない愚痴ばかりの私と池田が何だか可愛いらしく感じたのとで、少し笑った。

笑っていたら、いつの間にか朝になっていた。
ただただ白い私の部屋の天井が、少し滲んでみえる。

駿地がいると思うと怖くて怖くて
息出来なくなりそう!

底抜けに明るい声でそんな冗談を言っている
まだ何も知らない私が、
脳裏に焼きついて、離れない。

がばっと起き上がってベッドの横にかかっている制服を見る。大丈夫、高校の制服だ。日常に戻れた、そう思って心底安堵した。

駿地 隼、するじじゅん、____。
口にしてみても、今の私の世界には、応える隼の姿はない。それでいいのだ。だって元はと言えば私も隼もお互い大嫌い同士だったのだから。

なのになんで私たちは、お互い大好き同士になってしまったのだろうか。主悪の根源は、やっぱり席が近くなったことだと思う。

そうだ、全部あの席替えのせいだ。

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