自分から話しかけることの少ない俺が遙悠と仲良くなれたのは、遙悠の積極的な行動の結果だ。
「あっ、あの……高崎藍くん!」
新しい人がシェアハウスに来て二日目の午後、リビングの一人掛けソファに座ってゲームをしていたら突然高い声がした。
左側から緊張気味に俺を見下ろしている彼女を見て、ああ、と思い至る。
誰の声かと思ったら。
「何?」
プロステの画面に目を戻し、口先だけで聞いた。
視界の端に映る彼女は、床に視線を落としながら何事か言い淀んでいる。
「その、……それ、私も持ってて。そのゲームも知ってるよ」
顔を上げた彼女が胸の前に掲げたのは、俺が今操作しているのと同じ、プロステ4だった。
――内心驚いた。
スマホが普及して、プロステをする人は減ってきていて。プロステで遊ぶ同年代の女子なんて、いないと思っていた。
「……遙悠もやってるの?」
「えっ」
「……?違うの?」
「あ、いや、違わないけど……えっと、名前……で呼ばれたから、びっくりして」
そういうことか。
「これからシェアハウスするんだから、名前呼びくらいじゃないと距離感が微妙になるだろ。遙悠も俺のこと名前呼び捨てしていいから」
「え、呼び捨てでいいの?私の方が一つ下だって聞いたけど……優さんに」
「年の差とか気にしないから。呼び捨てして。その方がお互い話しやすい」
これは、俺がここに来た時に思ったことだった。
優と理央が暮らしてた中に入ってきて、なんとなく遠慮気味だった俺に、遠慮なんかいらないと。
初めにし合ったのが、“呼び捨てで呼ぶ”ことだった。
理央は優を呼び捨てしないのかと聞いたら、時と場合による、と言われたが。
「どうしても呼びにくいならいいけど。誰かみたいに、時と場合によって使い分けてもいいし」
「いや、そんなことないよ!呼び捨てさせてもらいます!藍……でいいんだよね?」
おずおずと、気恥ずかしさを漂わせながらこちらの様子を窺う遙悠。
初めて優達を呼び捨てした時の俺みたいに。
……懐かしい。
「うん」
口元に笑みを浮かべて言うと、遙悠が面食らったような顔をした。
そして、笑顔で俺に言う。
「藍ってクールかと思ってたけど、結構喋るし、笑った顔すごい優しいね!ちょっと誤解してた。ごめんね」
「……別に」
誤解してたなんて、わざわざ言う必要ないのに。正直な性格なんだな。
「あ!一番大事なこと忘れてた」
遙悠は思い出したような声を上げて、俺をじっと見つめてくる。
遠慮がちに、胸の前にそっと掲げたのは。
「その……一緒にゲームしない?何でもいいから、さ」
――プロステ。
両手で持っているところに遙悠の性格が現れている気がした。
……一番大事なことって、それか。
仲良くなりたいという遙悠の気持ちがストレートに伝わってきて、なんだか照れくさくなる。
「いいよ。やろう」
「!」
途端に顔を輝かせる遙悠を、失礼だろうが、子供みたいだと思った。
それくらい、無垢で、無邪気に見えた。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。