第31話

〈side 藍〉-気付かなかっただけで
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2019/02/19 12:22
自分から話しかけることの少ない俺が遙悠と仲良くなれたのは、遙悠の積極的な行動の結果だ。



「あっ、あの……高崎藍くん!」

新しい人がシェアハウスに来て二日目の午後、リビングの一人掛けソファに座ってゲームをしていたら突然高い声がした。

左側から緊張気味に俺を見下ろしている彼女を見て、ああ、と思い至る。

誰の声かと思ったら。

「何?」

プロステの画面に目を戻し、口先だけで聞いた。

視界の端に映る彼女は、床に視線を落としながら何事か言い淀んでいる。

「その、……それ、私も持ってて。そのゲームも知ってるよ」

顔を上げた彼女が胸の前に掲げたのは、俺が今操作しているのと同じ、プロステ4だった。

――内心驚いた。

スマホが普及して、プロステこんなものをする人は減ってきていて。プロステで遊ぶ同年代の女子なんて、いないと思っていた。

「……遙悠もやってるの?」

「えっ」

「……?違うの?」

「あ、いや、違わないけど……えっと、名前……で呼ばれたから、びっくりして」

そういうことか。

「これからシェアハウスするんだから、名前呼びくらいじゃないと距離感が微妙になるだろ。遙悠も俺のこと名前呼び捨てしていいから」

「え、呼び捨てでいいの?私の方が一つ下だって聞いたけど……優さんに」

「年の差とか気にしないから。呼び捨てして。その方がお互い話しやすい」

これは、俺がここに来た時に思ったことだった。

優と理央が暮らしてた中に入ってきて、なんとなく遠慮気味だった俺に、遠慮なんかいらないと。

初めにし合ったのが、“呼び捨てで呼ぶ”ことだった。

理央は優を呼び捨てしないのかと聞いたら、時と場合による、と言われたが。

「どうしても呼びにくいならいいけど。誰かみたいに、時と場合によって使い分けてもいいし」

「いや、そんなことないよ!呼び捨てさせてもらいます!藍……でいいんだよね?」

おずおずと、気恥ずかしさを漂わせながらこちらの様子を窺う遙悠。

初めて優達を呼び捨てした時の俺みたいに。

……懐かしい。

「うん」

口元に笑みを浮かべて言うと、遙悠が面食らったような顔をした。

そして、笑顔で俺に言う。

「藍ってクールかと思ってたけど、結構喋るし、笑った顔すごい優しいね!ちょっと誤解してた。ごめんね」

「……別に」

誤解してたなんて、わざわざ言う必要ないのに。正直な性格なんだな。

「あ!一番大事なこと忘れてた」

遙悠は思い出したような声を上げて、俺をじっと見つめてくる。

遠慮がちに、胸の前にそっと掲げたのは。

「その……一緒にゲームしない?何でもいいから、さ」

――プロステ。

両手で持っているところに遙悠の性格が現れている気がした。

……一番大事なことって、それか。

仲良くなりたいという遙悠の気持ちがストレートに伝わってきて、なんだか照れくさくなる。

「いいよ。やろう」

「!」

途端に顔を輝かせる遙悠を、失礼だろうが、子供みたいだと思った。

それくらい、無垢で、無邪気に見えた。

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