第30話

〈side 優一郎〉
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2019/03/26 11:06
今日の講義を全て終え、大学の出入口の門へと歩く。

「優ー!」

自分を呼ぶ声に振り返ると、友達のがくがこちらへ走ってくるのが見えた。

足を止め、岳が俺の前まで来るのを待つ。

「今から帰るとこ?」

「ああ。今日は何も買うもんねえし」

そう答えると、岳の顔がぱあっと輝いた。

「おお!じゃあさ、合コン行かね?」

「は?」

思わず聞き返した。

顔見知り程度の奴らに遊びに誘われて行ったら合コンで、疲れ果ててしまったのは記憶に新しい。

こいつは一年の頃から友達だし、そうでなくても誘いを断ることはできるだけしたくないが……。

「数が足りねぇんだよ!優が合コンとか苦手なのは知ってるけど、他に誰も捕まんなくてさ!頼む!いてくれればいいから!」

「……悪い。俺、行けねえ」

「え!?いるだけでもダメなのか!?」

「ああ。好きな奴がいるから」

きっぱりと断る。岳が驚いたように目を見開いた。

そして、満面の笑みを浮かべる。

「そうか!」

断られたというのに何故か嬉しそうだ。

「好きな奴と頑張れよ!お前なら絶対大丈夫だから!」

「『絶対』はどうだろうな……けど、サンキュ。頑張る」

「付き合えたら紹介してくれよ!」

「はは、まあ“付き合えたら”な」

「弱気なんてらしくねーぞー。お、先輩だ!じゃな優ー!応援してるぞ!」

「サンキュー。またな」

明るい空気を振り撒きながら誰かの元へ走っていく岳を見送り、踵を返して大学をあとにした。



ーーーーー



「いたっ!」

夕飯の調理中に、ハルチカが短い悲鳴を上げた。

鍋でシチューを煮込んでいた俺は慌ててコンロの火を止め、ハルチカに近寄った。

「大丈夫か!?どうした!?」

ハルチカは野菜を切るのに使っていた包丁をまな板の上に置いて、指を押さえながら俺と目を合わせた。

「えっと、少し手を切っちゃって……深くはないんですけど、反射的に声が」

「見せろ」

控えめに差し出された華奢な指にそっと触れ、俺は傷口をじっくり観察した。

「……確かに、深くはないな。けど、絆創膏貼っとけ。つか俺が貼ってやる」

ハルチカが何か言う前に俺は動き出し、戸棚の中の救急箱から絆創膏を一枚取ってハルチカに向き直った。

もう一度指を出してもらい、患部に手早く丁寧に絆創膏を巻く。

ありがとうございます、とハルチカが笑い、さらにこう続けた。

「優さんってお兄ちゃんみたいです。私の兄さんも優さんみたいならいいのに……」

「へえ、ハルチカって兄貴がいるのか?」

「はい。三歳年上の、全然優しくない兄がいます」

ハルチカは嫌そうに顔を顰めた。

そんな顔も可愛くて、頬が緩んでしまう。

「好きじゃないんだな。お兄さんのこと」

「まぁあの性格ですからね……優さんみたいだったら分かりませんけど」

「ははは」

嬉しいけど、嬉しくない。


――俺はお前の兄妹的な意味での「好き」なんて欲しくない。


俺がお前を想うような、そういう『好き』が欲しいんだ。


だから、ありがとうは言わない。


比較されるなら、兄とじゃなくて、お前が知っているいろんな男とがいい。




そうしてその後で、俺が一番いいと、笑顔で言ってほしい。

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