階段を上りながら、優一郎は小さく息をついた。
遙悠が起こしに行けば、まず間違いなく理央に襲われる。それはなんとしても回避しなければならない。つまり、今日から藍たちを起こすのは自分の役目にするのだ。
まあ、遙悠がシェアハウスに来る前の状態に戻るだけだ。そこまで手間ではない。
――さて、誰から起こすか。
一番最初に起こした奴は、そいつがすぐ一階に下りた場合、遙悠と二人きりになる。慎重に選ばなければ。
理央は絶対にダメだ。叶はなんだかんだ遙悠を大事にしているから心配はなさそうだが、告白の際(額にだが)キスをしたのは叶だけだった。藍は手を出すイメージがない。他の二人よりは多分、安全だ。
よし、藍にしよう。
藍の部屋のドアをノックし、中に入る。
「藍ー、起きろー」
「ん……。あれ、優?……久しぶりだね、起こしに来るの……」
目を閉じたまま眠そうに喋りながら、藍がベッドから出てきた。
ああ、と優一郎は笑う。
「飯できてるぞ」
「ん……」
優一郎が入口を退く。藍はそこを通って、階段へ続く通路を歩いていった。
それを見届けるとドアをきちんと閉め、優一郎は次――理央の部屋に向かった。
ドアを開けた瞬間、中に引き込まれる。
「おはよ……って、優?」
完全に口説きモードだった理央が、ぽかんとした顔になる。
優一郎は威圧的にニッコリ笑った。
「お前、毎朝ハルチカにこうやって口説いてたんだな」
「!!いやっ!口説いてない、口説いてないよ!」
「嘘つけ。二度とハルチカをお前の部屋に近付けねえからな」
「ゆ、優くんー!!」
そんな冷たいこと言わないでよぉぉ、と涙目で迫ってくるが優一郎は構わずドアを閉めた。
どうせ嘘泣きだ、構うだけ無駄である。
最後は叶――と踵を返した時、目の前に本人がいることに気付いた。
「はよ叶。自分で起きれたんだな」
「……ハルチカ助けるために最近は起きてたけど。明日からは寝ることにする」
叶は言い終わったあとで、しまった、という顔をした。
失言だった――怒られる。
「はぁ?……まぁ、いいけど」
優一郎は一瞬怪訝そうにしたが、叶の発言を咎めはしなかった。
――二人も三人も変わらない。とはいえ、もう少し自主性を身につけてほしいものだ。
「下降りるぞ。……って、なんだその顔」
「……いや、お前ってそういう奴だったよな、と思って」
「? なんだそりゃ」
首を傾げつつ優一郎が階段に向かい、リビングへ下りていく。
叶はなんとも言いがたい表情で後頭部を掻いた。
そして、優一郎は目を丸くする。
「遙悠。こっち見て」
「っ……」
藍が、遙悠にいわゆる顎クイをしていた。
唖然とする優一郎を追い越し、叶が藍を遙悠から引き離す。
藍は無自覚に誘惑していたため、なぜ離されたのか理解していない様子だった。
「何?叶。痛かったんだけど」
「自業自得だろうが。朝からやめろ、しかも俺がいないところで」
「なになに!?誰が何したの!?」
「あ、理央くんおはよう」
一気に騒がしくなるリビング。
優一郎は、遠目から恋敵達を見ながら、ぼそりと独りごちた。
「……意外と手が早いのは、藍かもしれねえな……」
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。