――理央くんに避けられている。
「……だよ!しかもさ、それで梨香ちゃん……」
叶に笑顔で話し続ける理央くんを後方から見つめる。
今朝起こしに行った時、「裏」だったのに何もしてこなくて、すごく素っ気ない態度を取られた。家を出てからも、真っ先に叶の隣に並んで二人で歩き出して。
私、何かしたかな……。やっぱ昨日のことが原因?理央くんなんか怒ってたっぽかったしな……。でも怒らせることした記憶がない。
「遙悠、今日も一緒に帰る?」
右から藍の声がした。
え、藍から誘ってくれた!!
驚きと感動が一気にやって来た衝撃で、心を支配していたモヤモヤがすぽーんとどこかへ吹き飛んでいった。
「うん!そうしたい!」
「わかった。遙悠のクラスの下駄箱のとこで待ってる」
藍が優しい表情で微笑む。
普段あんまり意識しないけど、藍もかっこいいんだよね……。
思わず見とれかけたため、私はシェアメイトのイケメン具合を再認識することとなった。
ーーーーー
藍・理央くんと下駄箱で別れるとすぐ、叶が「なぁ」と尋ねてきた。
「お前昨日の夜から理央とあんま喋ってなくね?喧嘩は理央の性格的にねぇだろうけど、何かあったんじゃねぇのか」
私は驚いて、自分の下駄箱の扉を開けようとしていた手が止まった。
……話すべき?でも叶に直接関係あるわけじゃないし……。
迷っていたら、頭上からふっと誰かの影が落ちてきた。
「お前は俺の彼女なんだ。何でも言ってもらわねぇと困る」
私に「壁ドン」をする叶が真面目な顔で言った。
――そうか、彼女ってそういうものだもんな。
納得できたが、この体勢をこの場所でやると周囲の注目を集めてしまうので、とりあえず靴を履き替えて教室へ向かいながら、昨日の帰りにあったことを簡単に話した。
「ふーん……聞いた感じだと大丈夫そうだけど、女の嫉妬は怖ぇし、油断できねぇな」
「油断できないねぇ、本当に」
「お前だったら普通に奪えそうって誰でも思うだろうし……」
「ねー……。は?待ってそれどういう意味?」
私が可愛くもなんともない顔だって暗に言ってるんですか叶くん??
ギロリと睨み上げれば、叶は喉を鳴らして小さく笑った。
「冗談だって。半分は」
「半分!?じゃあ、もう半分は本気なの!?」
「ん?怒るってことはお前、自分の顔を可愛いって思ってるってことでいいんだな?」
にやにや笑う叶が顔を近付けてくる。
私は反論できず、うっと言葉に詰まった。
自分の顔が可愛いとは思っていない。だがこの怒り方だと確かに叶が言う風に受け取られても仕方なかった。
でも、自分で可愛くないって言うのと、他人に可愛くないって言われるのとじゃ違うじゃん……やっぱ。
「……冗談だよ。悪かった」
俯く私に、温かい言葉がかけられた。
いや内容自体は別に温かいわけじゃないんだけど、さっきまでの言葉との温度差でそう感じたっていうか。
……こいつに謝られたの、初めてじゃない?
「ど……どうしたの叶」
謝ってくれた相手に対してこれはないと解っていたが、聞かずにはいられなかった。
叶は照れているのか、わずかに頬が赤くなっている。
「お前が落ち込むからだろ……。ほら、教室着いたぞ」
開いたドアから教室に入っていく叶。
慌てて追いかけ、席に着いてから急いで叶を振り返るが、既に叶は涼しい顔だった。
見間違い……じゃないよね。叶、あんな顔もするのか……。
新たな一面を発見して、高揚感に似たものが私の心臓の鼓動を少し早める。
「おい、ハルチカ」
不意に呼ばれて叶を見ると、真剣な瞳と視線がぶつかった。
「マジでなんでも言えよ。言われねぇと、俺が何もできねぇからな」
……何の話だろう。
叶の意図が全く読めなくて戸惑う。―でも。
「わかった」
なんとなく、善意から言っているのだということは伝わった。
私は頷いて、黒板の方を向いた。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。