春のうららかな風が、制服の中をするりと抜けた。暖かな陽射しを反射しながら、きらきらと桜の花びらが散っていた。
風ではためくスカートを片手で押えながら、鳴海陽芽_なるみひめ_は、ぐっと背伸びをした。
はぁと小さくため息をついた。そりゃ、今日から通う学校、すごく楽しみにしてたし、赤のスカートに大きなリボンの可愛い制服に手を通したとき、すごくわくわくしたし高揚感もあった。でも、だからといって、この緊張は学校のシルエットが近づくにつれ高まっていくのもまた事実なのだ。
(どうしよう……!めっちゃ緊張する……。)
でも、まるで学校に向かう皆んなに平等に風が吹くように、きっと緊張しているのも皆んな平等なんだ。陽芽は、そう自分に言い聞かせながら手足を前後に動かした。
不意に、後ろから少年が陽芽を呼び止めた。見れば、同じ高校のブレザーを着ている。校章の色を見ると、おなじ1年生だった。そして、彼が差し出す梅模様のハンカチは、確かに陽芽のもので、陽芽はおずおずと受け取った。
ぺこ、とお辞儀すると、陽芽はいたたまれなくなり、先程の緊張も忘れまっしぐらに校舎にダッシュした。周りの驚く表情なんて気にならなかった。
ただ、なぜか心臓がドキドキしていた。ダッシュしたからだろうか。いや、違う。そんなドキドキじゃない。もっとなんか、からだじゅうがあつくて、すごくやる気がみなぎってる。制服に腕を通したときとは比べ物にならないくらいの高揚感。ハンカチを差し出す彼が忘れられなかった。
(やばい、どーしよ……)
もう薄々わかっていた。そして、心がそれを解りたいと叫んでいる。このドキドキの正体を。
そう頭の中で理解すると、ドキドキがもう止まらなくなっていた。それでも、良かった。
これが、初恋ってやつなんだ。
これが、一目惚れってやつなんだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!