第9話

喧 嘩 の 不 器 用 。
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2018/03/24 07:21
彼女
おはよ〜。
体育祭から3日が経ち、結局、1日では回復しなかった彼女は振替休日の次の日も休んでいた。

いつもは彼女が教室に一番乗りのようだが、今日は僕が最初に来た。
おはよ。
彼女
一昨日はごめんね、傘届けて貰うついでに、家事とかまでしてもらっちゃって。
別にいいよ。
彼女
でも、起きたら居なくなってたからびっくりしたよ。
いや、誰でも本人が寝たら帰るだろ。

彼女が自分の席に座ろうとした所で、上靴を手にしていることに気づく。
上靴、履かないの?
彼女がさっと背に隠す。
そしていつものように笑った。
彼女
うんー、なんか、濡れてる、みたいな?
はぁ?

そろそろ僕も彼女のヘラヘラした態度に腹が立ってきた。
彼女
んっ?!
僕は近づき、彼女に背を向かせて、上靴を取り上げる。
確かに濡れていた。
そして、上靴の中には画鋲が何本かあった。

僕はそれを見て、止まってしまった。

分かってはいた。
彼女の頬にある痣、突如無くなる運動靴、そして画鋲入りの濡れた上靴。
…どれも、誰かの仕業である事は分かっていた。

けど、僕は甘く見ていたのかもしれない。

僕は上靴を黙って彼女に返すと、自分の席に戻った。


それから今日はどの授業も受ける気になれなくて、
先生にもタクミにもヒナタにも、そして彼女にも話しかけられたくなくて、
話しかけることも無かった。

休み時間もお昼も今日は一人でいた。

ホームルームが終わり、帰りの挨拶をしたのは覚えている。
が、いつの間にか僕はうつぶせの状態で寝てしまっていたらしい。
うっすら目を開ける。
教室にいるのは僕だけのようだ。
教室の明かりは付いており、扉も開けっ放しだ。
そろそろ帰ろうか、と考えた時だった。
数人の男子が階段からかなりの大声で喋っているのが耳に入る。

今は動きたくないな。

そう思い、再び目を閉じる。
でも、僕はすぐに目を開く事になる。
男子A
うぉっ、びっくりした。
男子B
なんだ、あいつじゃん。聞かれたかと思った。
男子C
いや、寝てるっぽいし大丈夫だろ。
男子3人の声。あいつ、って多分僕だ。
男子B
先生、軽い記憶喪失って言ってたけど、まじとは思わなかった。
男子A
まぁな。…ま、でも、仕返し出来てるわけだし、いいんだけどさ。
は?
男子B
毎回ボコボコにされてたら、こっちだってたまんねーっつーの。
男子C
てか、霜村の靴、ちゃんと戻したんだよな?
男子A
おー。
耳に入る言葉に、僕は苛立ちを覚え始めていた。
男子B
タクミはともかく、ヒナタに手出した時はびびったわ。
すると、いつも聞く人間の声真似が聞こえる。
男子A
『ヒナタは関係ないでしょ、やるなら私にやってよ!』ってやつ?
男子C
あー、そーそー。まじヒロインかよってな。
あはははは、と大きな笑い声が教室に響く。

そうか、『頑張る』って、この事か。
男子A
あれ、こいつ、起きてね?
男子Aが近づき、僕の顔を覗き込もうとした時だった。
僕の手が彼の胸ぐらを掴んだ。それと同時に、「うぉ、」と驚きの声が口から漏れていた。
その話、詳しく聞かせてよ。


痛っ。
口元が切れて血が滲んでいた。
ヒナタ
なんか、こうやって手当するの久しぶりかも。
消毒液が付いた綿を軽く傷に押し当てていくヒナタが、そう呟いた。

僕が派手に喧嘩していると聞いて、駆けつけてくれたようだ。
そんなに喧嘩してたの?
ヒナタ
うん、今日みたいに怪我してることも多かったよ。その度に私が手当してたな…。
その言葉を聞いて、僕たちの間に沈黙が訪れた。
保健室には僕とヒナタ以外、誰も居ない。
ヒナタ
はい、これでよし。
 ありがとう。
僕が立ち上がる。
そして歩き始めようとした時、ヒナタが僕の裾をつかむ。
ヒナタ
僕は黙って、椅子に戻った。
その様子を見て、裾から手を離したヒナタが口を開く。
ヒナタ
霜村さん…の事、好きなんだよね?
…?
ヒナタ
私ね、言わなくちゃいけないことがあるの。
僕の動きが止まる。
ヒナタ
霜村さんが言ってたの、君に『頼まれたから頑張る』って。
ヒナタが涙をうかべて話す。
ヒナタ
体育祭の靴の事を聞いて、何頑張ってるのか、分からなかったんだけど、もしかしてって思って…
うん…知ってる。
そう言うと、僕は続けた。
だから、全力で霜村さんを守りたいって思ってる…多分、今持ってるのは恋愛感情じゃない。
僕には分かる。
彼女が好きなんじゃない。
ただ、守りたいだけなんだ。
以前、僕が守っていたというように。

僕は不器用だ。

だから、どんな風に彼女に頼んだのかは分からない。
けど、今は、今の" 僕 "なりにかけられる言葉はあるはず。
ちょっと、行ってくる。
「うん、」と小さな声が聞こえたのを確認して、僕は保健室の扉を開けた。

そして走り出す。
ヒナタ
前回と同じこと言われちゃった。
寂しい保健室に声だけが響いた。
その声はとても、暖かいようで、悲しいものだった。

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