会った時は思わずはるくんなんて呼んだけど
やっぱりダメだ
はるくん
そう言いかけた口を閉じて
矢野さん
って言い直した
そしたら彼は悲しそうな顔をした
なんでそんな顔するの?
期待しちゃうじゃん
頼んだ料理が来るまでの間
車に乗ってる時と同じように沈黙が続いた
なにか話さなきゃ
そう思うものの
どこか心地よくて
無理に喋るより何倍も楽だと思った
店員さんにしっかりお礼を言って料理を受け取る彼
そして渡されたものをさりげなく私に譲る
フォーク
スプーン
全部さりげなく
つくづく思う
いい人だなって
私の態度のせいで怒ったのかもしれない
謝ろう
謝ろう
彼から出る優しい声
彼が紡ぐ言葉たち
全部が私の心に溶けていく
なんで好きな人の前でこんな顔してたんだろ
急にバカらしくなって
恥ずかしくなって
思わず笑ってしまった
必死で誤解を解こうとし、席を立った時
ガタッ
2人してあの日のことを思い出したみたいに笑った
きっと周りからしたら変な2人
だけどあの瞬間だけは
私たちが世界の中心になった気分だった
ついつい盛りあがって
気づけば話したいことを話さずにご飯屋さんで
1時間も他愛もない話をしていた
まさか彼から切り出されるだなんて思ってなくて
分かりやすく動揺してしまった
深呼吸
心の中で何度も練習する
「矢野さんのこと、好きです」
「ノンラビの矢野さんじゃなくて1人の男性として」
「無理だってわかってます」
「10個も歳離れてるただの子供じゃダメですよね」
「私なんかじゃ隣歩けないですよね」
「分かってるけど、今日はそれを伝えたくて」
「すぐには消えないかもしれないけど
忘れられるようになりますから」
手が震える
口が上手く動かない
もう一度深呼吸
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。