第12話

硬化した過去と未来
「彼は、穏やかで優しい性格であたしの愚痴をそうか~って頷いてくれる人だった。でもあとから気づいた。あたしは彼の口から愚痴は愚か、ため息一つ聞いたことがない。いつもニコニコしている。」

「素敵な人だったんだね·····。」

「いや、違う。」

唇を噛み、ゆっくり口を開く。

「全部独りで抱え込んでいたんだ。さっきも言った通り、心と身体は密接関係なんだ。心の中で芽生える感情。感情は心臓のように収縮を繰り返す。嬉しいこと、悲しいこと、様々に入り乱れるそれらがひとつの生き物のように呼吸をしている。」

「·····医学的根拠は?」

「ない。だけどその説を完全に否定できる根拠もない。感情を殺すということは心の機能の停止を意味する。

心の呼吸が止まったことにより筋肉が徐々に強ばっていくんだ。使われなくなったことにより、必要がなくなったと思われるせいだ。そこから硬化が始まっていく。

脳みそにはそこの区別能力がない。心の問題なのか身体の問題なのか。やがて錯乱を起こす。心動きの鈍化に、よりありとあらゆる身体機能が低下し始める。」

レポートを読み上げるように淡々と先生は語る。

ぼろぼろと大粒の涙を零しながら、さらに言葉を加える。

「錯乱って言うのは筋肉の硬化なんだ。はじめはそこから。指先、足、口·····徐々に身体を蝕む。」

「先生、私の表情が上手く作れないのって·····」

「ああ。表情筋の硬化が始まっているんだろうね。医師じゃないから、詳しいことは断言できないが、ひよの場合はそこだけじゃないだろう?自分の変化に気づいてあたしに伝えるくらいまでには、大きく進行してしまっている。」