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第1話

驚き
58
2018/11/05 14:06
度肝を抜かれた。
その表現はその時のためにあったと俺は思う。
先日、目が見えない漫談師が賞レースを勝ち抜いたというニュースを聞いた。
パラリンピックを活性化させようと自国が力を入れているニュースを聞いた。
それは単なる情報でだから何だと思うようなことだった。
その時までは。



元々、そんな人数が入るように作られていないんだ。俺がこの学校に入学して5日が経った時だった。その日は部活動紹介の日で多すぎる新入生が体育館に集められていた。座りきらないので全員立って授業時間2時間分を過ごすことになっていた。
「だるいよな」
「もう暑い」
「帰りたい」
同じクラスの奴らは好き勝手に口にする。特に文化部の紹介になってからは見下したような発言が増えた。レジュメと言うのだったか渡された紙を見ながら次はどの部活動の紹介かを確認する。
「次はロック同好会です」
放送部の先輩が司会を行なっている。放送部なだけあって声がしっかり通る。これは偏見だろうか。
ロックという響きにクラスの何人かが盛り上がる。その中に何人か見知った顔もいた。サッカー部に入りたいと言っていた奴だった。そういう類のやつが盛り上がっていた。
なんだかつまらないな。
自分のレッテル貼るのに精一杯なやつを見ると哀れに見える。レッテルなんて勝手に貼られるものだ。
自分が大分冷めているのを感じる。
それと同時に何かを自分が求めているのを知っている。それに出会うまで俺は冷めたままだろうな。
「おい。なんだあれ」
「どういうこと」
「は?」
また好き勝手な声が上がる。勝手に盛り上がって今度は困惑、新入生だからと言って自由なわけではないだろう。
そう思っていた俺もステージの姿に目を奪われた。
背筋がピンと伸びたポニーテールの女の人が入場したと思ったらその二の腕を掴みながらギターを抱えた女の人が入場した。その歩みは速すぎず遅すぎず、丁寧さが感じられた。別に皆が困惑したのはそこではないだろう。ギターを抱えた女の人の目は開いていなかった。
ポニテの人がステージに用意されているマイクを少し通り過ぎる。そのあとギターを抱えていた人に耳打ちをして退場した。困惑は体育館中に伝染していた。
ギターを抱えていた人がマイクを自分の高さに調節する。
「あー、あー」
雪のように白く華奢な体、それにふさわしい声がする。透明感のある澄んだ声だ。
「聞いてください。BUMP OF CHICKENで『天体観測』です」
年頃の中高生なら1度は聞いたことがあるであろう曲のイントロがギター1本なので少し違って聞こえる。似ているようで似ていない。その違いはまるで健常者と障害者のようだった。盲者の彼女が歌い出した。

『午前二時踏切に望遠鏡を担いで行った』

彼女の歌声が先ほどの困惑の伝染力を上回る。きっと体育館にいる全員の耳に届いたのではないだろうか。決して響きやすい声ではない。音が広がりやすい体育館では1つの音は捉えづらい。それなのにその声は俺の耳にきちんと届いた。盲者と言うだけで多くの奴らが下に見ていたのだろう。驚きの声が漏れている。すごいものは有無を言わさず、すごいのだ。
当然ながら彼女は自分のギターを確認しない。ギターを見ないのは自身の表れのように普通は見える。しかし彼女はそれを普段着のように着こなす。自身が溢れているように見える。
曲が1つの山場を迎える。
彼女の声色が変わった。今までは遠くのどこかへ届くように歌う声。今は自分の心から鳴っている音を声にしているようだった。
何より俺の心に響く。

『見えないものを見ようとして望遠鏡を覗き込んだ』

フレーズが彼女と重なる。彼女はマイクに向かって必死に吐き出す。顎が少し上がりその分想いがこもる。
目が見えないから何だ。
彼女にそう言われている気がする。
俺は全く彼女のことを知らない。彼女がどういう背景を持って今、ステージに立っているかを知らない。こんな浅い俺が彼女はそう言っているのではないかと思う。こんな俺でもそう思う。感受性の高いやつらには必ず届いている筈だ。泣いてしまうやつもいるのではないか。彼女の歌にはそう思わせる力があった。
思わず拳に力が入る。左手で右の肘と腕の境を掴む。そこには何もない。俺には何もない。こんな気持ちになるとは思わなかった。彼女の歌が終わって周りが大きな拍手をしていても俺はその場に立ち尽くしていただけだった。

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