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第8話

ラスト
19
2018/11/05 14:17
「さあドラムの導入だけ時間違うから気を付けて」
「おう」
地元の音楽祭というから正直なめていた。近所のご高齢の方々が来るだけの小さいものかと思っていた。全然そんなことはなかった。年齢層もバラバラ、いくつもの出店があった。
「かなりすごい祭りなんですね」
「そうだよ」
俺の左腕を握りながら希先輩は応える。俺は興味をあらわにして周りを見回した。
「すごいですね」
「新」
俺が先輩にかけた言葉とは関係のない声をかけられた。その声の主はよく知っている奴だった。
「希先輩、美佐子先輩について行ってください」
俺の声色が変わったのがわかったのか得意の何かで察したのかはわからないが希先輩はわかったと言って美佐子先輩について行った。俺は目の前の奴に身構える。
「女侍らせて何してんだよ」
俺は彼に言い返せる言葉がない。
「俺はまだ許してねえし同情もしない。お前が失ったものは一生戻らないが俺が失ったものも一生戻らない」
「ごめん」
俺はまた謝ることしかできない。しかし彼は俺の言葉などに目もくれず行ってしまった。俺は急いで先輩たちを追った。
「さっきの知り合いか?」
「はい。そうです」
「大丈夫?なんか顔色悪いよ」
「大丈夫です」
先輩たちに心配されるが正直真に受けることができない。
「先輩、俺でるのやめてもいいですか?「
「は」
「え」
3人の先輩たちが一斉にこちらを向く。
「何言ってんだよ」
「やっぱ俺恐いんです。だって俺はもう普通じゃない」
思わず大きな声が出る。希先輩が驚いた。
「どうしたの?」
「美佐子行くぞ。そういう話は希とちゃんと話せ」
「わかった。もうすぐだからね」
こんな自分勝手なことを言ってもきちんと対応してくれる康太先輩はやはり良い人なのだろう。
「どうしたの?」
「希先輩」
俺はなんといえばいいのだろうか。誰か答えを知っているのなら教えてほしい。俺は中学で事故にあった。先輩を送っていた途中の道で事故にあった。そこであるものを失った。俺の部活では一人の天才がいた。そいつのおかげで少人数だったが俺たちのチームは勝ちあがっていた。しかし俺の事故のせいで試合に出ることができなくなった。そのため俺は彼が推薦を貰えるかどうかの試合にチーム出場ができなくなった。多くの人は俺を心配したが彼は人生のアル分岐点を外的影響のせいで失った。俺は彼に謝ることしかできない。
「先輩、手出してください」
俺は初めて先輩に右腕を伸ばした。先輩の柔らかい手が俺の腕に触れる。
「だから新君は露骨に右側を嫌ったんだね。このこと康太と美佐子は?」
「希先輩には黙ってほしいって頼みました」
「そうなんだ」
俺にとってこれはもう日常に溶け込んできた。ペンの震えなくなったし、袖も気にならなくなった。左手で荷物だって持ち切れるようになった。しかし、大勢の奴らはこれを気にする。康太先輩や美佐子先輩だって思いやりとはいえ気にする。俺にとって唯一希先輩だけが対等だった。それももう終わりだ。
「だから、何?」
俺はあっけにとられた。
「前々から気になってはいたんだけど新君はたぶん中学でなんかあったんだろうなと思ってた。でもそれは正直今とは全く関係ない。さっき会ってた子になんて言われたかは知らない。でもね、それだけだよ」
俺は先輩と対等でもなんでもなかった。
「私は目が見えないだけ、新君は右腕がないだけ。それだけだよ」
希先輩と目があった気がした。
「さあ、歌おうか」

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