第9話

好きと必要 ③
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2023/01/17 13:20




お互いにばらばらの仕事が続く。
俺は川崎から鎌倉周辺で行われる早朝ロケの仕事があった。
遅刻せずに行く便利さから、普通に神奈川の実家に帰る。
彼は彼で、単独でインタビューや撮影があった。

そうなると必然的に、彼に会えない時間が横たわる。






「今日はどうだった?
うまくいったの?」


『撮影な。
フツーにうまくいったよ?
あのな、スタッフさんたち、みんな優しくてーーー』


あなたが話す言葉の意味より、声の音が俺の中に響く。

実際俺は、あなたの心配なんてなんにもしていない。
みんながあなたに優しいだろうってことは、微塵も疑ってないから。

俺はただ、俺にだけ向けられる男らしい声が、かっこよくて、心地良くて、たくさん聞きたいから質問してるだけだもん。


黙って聞いてたら、ふいに


『聞いてんのかよ?』


っていぶかしげな口調。

やべ。

つい声に聞き入って相槌うつの忘れてたっ。


「聞いてるよー。
みんな親切で良かったねぇ」


『……なんか』


「ん?」


『なんか面白いことゆってよッ』


げ。

来た!
どうしよう?


『はやく!』


「んーじゃあ、共演してる天空ツキさんのものまねー」


『誰だよそれ。
オレ、似てるかわからんからダメ』


「んじゃあ、替え歌でー、
♫ 好きだ、大好っきだ、早く会いたーいー
♫ おいしいーのは、俺だけー」


『(ぷはっ)なんだそれぇ。
しかも無駄にうまいしぃ』


良かった、とりあえず笑った。

やばい、またなんかネタ仕込んどかなきゃ。
もう笑わすネタ無いよー。


『笑……明日も早いんだろ?
頑張れよ?』


「うん。
俺、頑張ってるから。
放映、楽しみにしててよ」


『(笑)あんま無理すんなよ?
……おやすみぃ?」


あなたの優しい声が俺の全身を抱きしめた。
俺は、おやすみなさいって返事するので精一杯。






たった4日なのに、彼の不足を痛感する。
彼っていう存在に対する飢えが、俺の中に積もってくる。

欲しい……!

彼が欲しくてたまらない。

彼を襲いたい欲求が、俺の中にくすぶってきた。
一緒にいる時はほとんど湧き起こったりしない欲求。
たまに体の奥に生まれる欲求。


もう絶対明日は帰ろう。


明日何があるかな……体力の無い彼に無理がないように、俺はこっそりスケジュールを確認する。

でもまあ、実際には、やんなくても、キスできればいいや。
そんで抱きしめられれば。
俺の上に彼を乗せて、彼の重みを感じられれば。
彼の体温、彼の手触り。
あの柔らかな髪を撫でられれば、それで。








翌日の仕事は最終日で、昼で終了した。
レポーターの可愛い女性から、


「お昼みんなと一緒に食べていかない?」


って誘われる。

今すぐ彼のとこに行ってもどうせ会えないし、おなかも空いてたから、ご一緒させてもらう。

しらすがたっぷり乗った海鮮丼。

わーい、って美味しく食べてたら、


「痩せてるのにいっぱい食べるんだねー」


って言われる。


「アレなんですよ、痩せの大食い(笑)」


「いいなぁ、私なんか食べたら食べただけ太っちゃう」


「いいなぁ、俺、頑張って食べないと、どんどん痩せてっちゃう」


「えー、うらやましい」


ふいに、彼との会話を思い出す。




『オマエは、良く食べて良く寝ないとな。
すーぐホッペタこけて、貧相になっから』


笑いながら俺のあごを撫でてた彼の手。




「ね、キラキラくんて、誰か、付き合ってる人いる?」


「いませんよ?(笑)」


「あー、アイドルだもんねー。
でも良かったら、また一緒にごはん食べたりしない?」


来た来た、来たよ。
でも大丈夫。
返しの用意は万端。


「ありがとうございます。
でも俺、今はメンバーが恋人なんで(笑)」


嘘はついてないもんね。







彼の所に行っても、もちろん彼はまだ帰ってなかった。

俺が料理できれば作って待ってるとこなんだろうな。

俺は服を脱いで彼のジャージを借り、ベッドに寝転がってスマホをいじる。
楽しみにしてるアニメの続きを見たり、SNSを見たりしながら、今回の仕事の事を思い返す。


『キラキラくん、リアクションいいねー。
嫌味がない』


ディレクターが笑顔でたくさんカメラ振ってくれたから、いっぱい映れた。
ちょっとずつだけど、最近褒められることが増えてきた。

単純に嬉しい。

男なんて、めっちゃ承認欲求のかたまりだからね。
褒められたくて、認められたくて、頑張る生き物だからさ。
中でも俺は、誰よりも彼に………。
認めて………。





いつの間にか寝ちゃってた。
玄関が解錠される音で意識が戻る。

パッと点く照明。
まぶしくて、目が開かないのに、驚いた彼の表情だけが目に映る。


「おかえりー」


「……ただいま。
てかさ、うたた寝なんかしてたら風邪ひくじゃん」


「ちゃんとベッドだもん」


俺は肘を付いて起き上がった。
胸の上に落ちてるスマホを取って、サイドテーブルに移す。


「朝、何時だったんだ?」


「4時半。
まだ真っ暗だったよー」


「そんな早かったんだ」


「漁船が」


彼がそばにやって来た。
アウターはまだ着たままだ。

俺はカラカラに乾いた自分の口を意識する。

彼が、何も脱がないまま俺を抱きしめる。
欲しかった存在を腕にして、俺はもう言葉が出ない。


「そんな朝早くから、えらかったな」


彼がささやくようにつぶやいた。


「終わって真っ直ぐあなたのとこに来たんだよ?
俺、えらい?」


「うん」


「じゃーご褒美」


俺は彼の返事を待たずに、軽くキスをした。


「待てよ、まず夕飯…………ッ!」


彼が俺の欲望に気が付いて、息を飲む。
俺は彼を抱きしめた。


「会いたかった!」


「4日しか」


はいはい。
わかってますよ。
わかってるけど、しょうがないでしょ。
会いたかったんだもん。


ぎゅー。


「わかったから、脱がせろって」


俺は彼を手放した。
俺を見つめながらアウターを脱ぐ彼を見つめる。
可愛いなぁ、って思ってたら、彼の手はアウターだけじゃなく、トップスにかかり、ボトムスも……て、あれ?


「まずごはんじゃないの?」


「まずこれなんだろ?」


彼は、半裸になって俺の上に乗ってきてくれた。


「オレ、泣く子とオマエのコレには勝てないかんな」


赤く染まった彼の頬が、俺の理性を飛ばしたのは言うまでも無い。






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