お互いにばらばらの仕事が続く。
俺は川崎から鎌倉周辺で行われる早朝ロケの仕事があった。
遅刻せずに行く便利さから、普通に神奈川の実家に帰る。
彼は彼で、単独でインタビューや撮影があった。
そうなると必然的に、彼に会えない時間が横たわる。
「今日はどうだった?
うまくいったの?」
『撮影な。
フツーにうまくいったよ?
あのな、スタッフさんたち、みんな優しくてーーー』
あなたが話す言葉の意味より、声の音が俺の中に響く。
実際俺は、あなたの心配なんてなんにもしていない。
みんながあなたに優しいだろうってことは、微塵も疑ってないから。
俺はただ、俺にだけ向けられる男らしい声が、かっこよくて、心地良くて、たくさん聞きたいから質問してるだけだもん。
黙って聞いてたら、ふいに
『聞いてんのかよ?』
っていぶかしげな口調。
やべ。
つい声に聞き入って相槌うつの忘れてたっ。
「聞いてるよー。
みんな親切で良かったねぇ」
『……なんか』
「ん?」
『なんか面白いことゆってよッ』
げ。
来た!
どうしよう?
『はやく!』
「んーじゃあ、共演してる天空ツキさんのものまねー」
『誰だよそれ。
オレ、似てるかわからんからダメ』
「んじゃあ、替え歌でー、
♫ 好きだ、大好っきだ、早く会いたーいー
♫ おいしいーのは、俺だけー」
『(ぷはっ)なんだそれぇ。
しかも無駄にうまいしぃ』
良かった、とりあえず笑った。
やばい、またなんかネタ仕込んどかなきゃ。
もう笑わすネタ無いよー。
『笑……明日も早いんだろ?
頑張れよ?』
「うん。
俺、頑張ってるから。
放映、楽しみにしててよ」
『(笑)あんま無理すんなよ?
……おやすみぃ?」
あなたの優しい声が俺の全身を抱きしめた。
俺は、おやすみなさいって返事するので精一杯。
たった4日なのに、彼の不足を痛感する。
彼っていう存在に対する飢えが、俺の中に積もってくる。
欲しい……!
彼が欲しくてたまらない。
彼を襲いたい欲求が、俺の中にくすぶってきた。
一緒にいる時はほとんど湧き起こったりしない欲求。
たまに体の奥に生まれる欲求。
もう絶対明日は帰ろう。
明日何があるかな……体力の無い彼に無理がないように、俺はこっそりスケジュールを確認する。
でもまあ、実際には、やんなくても、キスできればいいや。
そんで抱きしめられれば。
俺の上に彼を乗せて、彼の重みを感じられれば。
彼の体温、彼の手触り。
あの柔らかな髪を撫でられれば、それで。
翌日の仕事は最終日で、昼で終了した。
レポーターの可愛い女性から、
「お昼みんなと一緒に食べていかない?」
って誘われる。
今すぐ彼のとこに行ってもどうせ会えないし、おなかも空いてたから、ご一緒させてもらう。
しらすがたっぷり乗った海鮮丼。
わーい、って美味しく食べてたら、
「痩せてるのにいっぱい食べるんだねー」
って言われる。
「アレなんですよ、痩せの大食い(笑)」
「いいなぁ、私なんか食べたら食べただけ太っちゃう」
「いいなぁ、俺、頑張って食べないと、どんどん痩せてっちゃう」
「えー、うらやましい」
ふいに、彼との会話を思い出す。
『オマエは、良く食べて良く寝ないとな。
すーぐホッペタこけて、貧相になっから』
笑いながら俺のあごを撫でてた彼の手。
「ね、キラキラくんて、誰か、付き合ってる人いる?」
「いませんよ?(笑)」
「あー、アイドルだもんねー。
でも良かったら、また一緒にごはん食べたりしない?」
来た来た、来たよ。
でも大丈夫。
返しの用意は万端。
「ありがとうございます。
でも俺、今はメンバーが恋人なんで(笑)」
嘘はついてないもんね。
彼の所に行っても、もちろん彼はまだ帰ってなかった。
俺が料理できれば作って待ってるとこなんだろうな。
俺は服を脱いで彼のジャージを借り、ベッドに寝転がってスマホをいじる。
楽しみにしてるアニメの続きを見たり、SNSを見たりしながら、今回の仕事の事を思い返す。
『キラキラくん、リアクションいいねー。
嫌味がない』
ディレクターが笑顔でたくさんカメラ振ってくれたから、いっぱい映れた。
ちょっとずつだけど、最近褒められることが増えてきた。
単純に嬉しい。
男なんて、めっちゃ承認欲求のかたまりだからね。
褒められたくて、認められたくて、頑張る生き物だからさ。
中でも俺は、誰よりも彼に………。
認めて………。
いつの間にか寝ちゃってた。
玄関が解錠される音で意識が戻る。
パッと点く照明。
まぶしくて、目が開かないのに、驚いた彼の表情だけが目に映る。
「おかえりー」
「……ただいま。
てかさ、うたた寝なんかしてたら風邪ひくじゃん」
「ちゃんとベッドだもん」
俺は肘を付いて起き上がった。
胸の上に落ちてるスマホを取って、サイドテーブルに移す。
「朝、何時だったんだ?」
「4時半。
まだ真っ暗だったよー」
「そんな早かったんだ」
「漁船が」
彼がそばにやって来た。
アウターはまだ着たままだ。
俺はカラカラに乾いた自分の口を意識する。
彼が、何も脱がないまま俺を抱きしめる。
欲しかった存在を腕にして、俺はもう言葉が出ない。
「そんな朝早くから、えらかったな」
彼がささやくようにつぶやいた。
「終わって真っ直ぐあなたのとこに来たんだよ?
俺、えらい?」
「うん」
「じゃーご褒美」
俺は彼の返事を待たずに、軽くキスをした。
「待てよ、まず夕飯…………ッ!」
彼が俺の欲望に気が付いて、息を飲む。
俺は彼を抱きしめた。
「会いたかった!」
「4日しか」
はいはい。
わかってますよ。
わかってるけど、しょうがないでしょ。
会いたかったんだもん。
ぎゅー。
「わかったから、脱がせろって」
俺は彼を手放した。
俺を見つめながらアウターを脱ぐ彼を見つめる。
可愛いなぁ、って思ってたら、彼の手はアウターだけじゃなく、トップスにかかり、ボトムスも……て、あれ?
「まずごはんじゃないの?」
「まずこれなんだろ?」
彼は、半裸になって俺の上に乗ってきてくれた。
「オレ、泣く子とオマエのコレには勝てないかんな」
赤く染まった彼の頬が、俺の理性を飛ばしたのは言うまでも無い。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。