人力車に乗った私たちは、心地良い揺れの中で浅草の町を散策していた。
髪を撫でる爽やかな風。
いつもより高い目線でゆったりと流れていく景色。
その全てを、私たちは堪能できずにいた。
彼の心に同調する。
いや、私たちが知らなかっただけで、人力車とはそういう乗り物なのだ。
だけど! それでも! 近いと思う!!
もはや観光どころではなかった。
ピッタリとくっついた肩に、つい意識が向いてしまう。
そうなると当然、彼が今思っていることも聞こえてきてしまうわけでーー
突然、手を引いた時の感想が流れてきて、心臓がドキッと跳ねる。
心の声を勝手に聞くなんていけないことだと分かっているのに、自分の力ではどうすることもできない。
わわっ、そんなことまで思い出さなくていいよ〜!
熱くなった顔を両手で覆う。
余計なことまでカミングアウトしてしまった自分が憎い。
核心をつくような一言に、ドキッとする。
言葉にして聞かれたわけじゃないのに、思わず彼の方を向いてしまった。
真っ直ぐな、それでいてどこか切ない瞳と視線が絡み合う。
私はーー
人力車を引いてくれていた俥夫さんが足を止める。
いつの間にか、雷門へと戻ってきていたらしい。
観光客で賑わう仲見世通りを歩きながら、私は彼に問い掛ける。
今頃明里ちゃんたちは、浅草神社の方へ向かっているはずだ。
合流するなら浅草寺での参拝を諦め、みんなを追いかけた方がいい。
でもーー
さっきから我慢していたお腹が、「ぐぅ〜」と鳴る。
その音はしっかりと風間くんにも聞こえてしまったようで、おかしそうにプッと噴き出されてしまった。
恥ずかしくて消えたい……。
真っ赤な顔で俯く私の横で、風間くんが意を決したように「よし!」と言った。
笑顔で「はい」と渡されたのは、ほかほかのどら焼きだった。
どうやら、ちょうど目の前にあったお店で購入してくれたらしい。
彼があまりにも美味しそうな顔で目を丸くしたので、私も一口ぱくっと食べてみた。
ふわふわの生地と甘いあんこの味が、口いっぱいに広がっていく。
それから私たちは、浅草の名物を食べ歩いた。
風間くんは常に人通りの多い方を歩いてくれて、私が観光客とぶつからないよう、守ってくれた。
そのさりげない優しさが嬉しくて、胸がじんわりと温かくなる。
浅草寺で参拝する彼の横顔をちらりと見つめる。
初めは怖い人だと思っていた。
私を『可愛い』と思ってくれていることを知って戸惑ったけど、なんだか嬉しくて……。
見た目とは反対に、その心はとても純粋で優しく、誰よりも真っ直ぐだった。
そんな風間くんを、私はいつの間にかーー
彼の心の声を聞いてしまったことが、きっかけだったのかもしれない。
だけど、それだけじゃない。
風間くんと接してみて、彼が素敵な人だって分かったから。
勇気を出して彼に想いを告げようとした、その時。
ガラの悪い5人グループの他校生に、私たちは囲まれてしまった。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!