高校二年生の春。
昼休みに入っても私は、一番後ろの席で文庫本を読みふけっていた。
周りに意識を向けてしまわぬように。
みんなの“声”を、決して拾ってしまわぬように。
突然背後から抱きつかれ、声がひっくり返ってしまった。
驚いて振り返ると、いたずらっこのように笑う明里ちゃんと目が合う。
その瞬間、私の耳に無邪気な彼女の声が“二つ”響いた。
そう。私が拾わないようにしていたのは、人の口から発せられる“声”じゃない。
心の“声”だ。
意識を向けてしまったら最後。
私の意思とは関係なく、その人の心の声が、耳ーーというより、直接脳に流れ込んできてしまう。
胸に広がる罪悪感を、もう何度味わったか分からない。
だけど、その心苦しさを笑顔の裏に隠すのも慣れっこだった。
私は口では「もーっ」と言いつつ、未だ首にじゃれついて離れない明里ちゃんの腕を抱きしめる。
油断していた私は、あとからクスクスと笑いながらやってきた凛ちゃんにも意識を向けてしまった。
あっ、と後悔しても、もう遅い。
彼女が心に思ったことも、私の脳に流れ込んでくる。
柔らかな笑みを浮かべながら、凛ちゃんは心の中でしみじみとそう言った。
勝手に心の声を聞いて申し訳なく思うことの方が多いけれど、今みたい胸がじんわりと温かくなるような本音を聞ける時もある。
それだけは、ちょっと救いだ。
今ある幸せを壊したくない。
三人で仲良く笑っていると、横にあるドアがガラッと開いた。
入ってきた金髪の男子生徒に、教室はシンと静まり返る。
彼は鋭い目で室内を一瞥すると、私の横を通ってスタスタと自分の席に向かった。
持っていた荷物を机の脇にかけ、ドカッと椅子に腰かける。
同じような会話が、周りからもヒソヒソと上がっている。
広がる負の感情。
それでも微動だにしない彼の後ろ姿が昔の自分と重なって、胸が苦しくなった私は席を立った。
二人にはそう言ったけど、本当はまた心の声を聞いてしまった。
辿り着いた自販機の前で、ひとり重い溜息を零す。
中学の頃に一度だけ、唯一信頼できる友達に自分の秘密を打ち明けたことがあった。
だけど、私の力を知った彼女はーー
向けられた軽蔑の眼差しに、喉の奥がヒュッと冷たくなるのを感じた。
それから私は、卒業するまでクラスのみんなに仲間外れにされてしまった。
あんな辛い思いは、もう二度としたくない。
三人分の飲み物を腕に抱え、過去を振り払うように踵を返す。
その途端、肩にドンッと鈍い衝撃が走った。
よろけた私の肩を、大きな手が抱き止める。
恐る恐る顔を上げた先にいたのはーー
視界いっぱいに、目を見張る彼の表情が映り込む。
お日様に当たってキラキラと輝く金色の髪。
怖くてまじまじと見たことはなかったけど、風間くんって端正な顔立ちをしてるんだなぁ……。
ギロリと睨みつけられ、どやされると思った私は彼力いっぱいまぶたを閉じた。
その直後、彼の心の声が流れてくる。
聞き間違いかと思って、目を開ける。
すると、風間くんはサッと目を逸らしてーー
そこまで言うと、彼は心の動揺を表に出さぬまま、そろりと視線を戻してくる。
胸がキュンっと甘く弾けたのをきっかけに、心臓がドキドキと加速していく。
私のこと……好き、なの……!?
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。