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第1話

聞いてしまった恋心
643
2021/01/24 06:25



高校二年生の春。

昼休みに入っても私は、一番後ろの席で文庫本を読みふけっていた。

周りに意識を向けてしまわぬように。

みんなの“声”を、決して拾ってしまわぬように。




望月 明里
望月 明里
みーおっ! お昼食べよー!
白坂 澪
白坂 澪
ひゃあっ!




突然背後から抱きつかれ、声がひっくり返ってしまった。


驚いて振り返ると、いたずらっこのように笑う明里ちゃんと目が合う。

その瞬間、私の耳に無邪気な彼女の声が“二つ”響いた。




望月 明里
望月 明里
あはは! びっくりした?

(やったね! ドッキリ大成功ー!)
白坂 澪
白坂 澪
……



そう。私が拾わないようにしていたのは、人の口から発せられる“声”じゃない。

心の“声”だ。


意識を向けてしまったら最後。

私の意思とは関係なく、その人の心の声が、耳ーーというより、直接脳に流れ込んできてしまう。



白坂 澪
白坂 澪
(あぁ、また勝手に聞いちゃった……)





胸に広がる罪悪感を、もう何度味わったか分からない。

だけど、その心苦しさを笑顔の裏に隠すのも慣れっこだった。

私は口では「もーっ」と言いつつ、未だ首にじゃれついて離れない明里ちゃんの腕を抱きしめる。


榊原 凛
榊原 凛
ふふっ。進級しても二人のやりとりは変わらないわね
白坂 澪
白坂 澪
凛ちゃん



油断していた私は、あとからクスクスと笑いながらやってきた凛ちゃんにも意識を向けてしまった。

あっ、と後悔しても、もう遅い。

彼女が心に思ったことも、私の脳に流れ込んでくる。




榊原 凛
榊原 凛
(ほんと、また三人で同じクラスになれて良かった……)



柔らかな笑みを浮かべながら、凛ちゃんは心の中でしみじみとそう言った。


勝手に心の声を聞いて申し訳なく思うことの方が多いけれど、今みたい胸がじんわりと温かくなるような本音を聞ける時もある。

それだけは、ちょっと救いだ。





白坂 澪
白坂 澪
(私も、優しい二人とまた同じクラスになれて嬉しいと思ってるよ……)



今ある幸せを壊したくない。


三人で仲良く笑っていると、横にあるドアがガラッと開いた。
風間 蓮
風間 蓮
……



入ってきた金髪の男子生徒に、教室はシンと静まり返る。

彼は鋭い目で室内を一瞥すると、私の横を通ってスタスタと自分の席に向かった。

持っていた荷物を机の脇にかけ、ドカッと椅子に腰かける。



望月 明里
望月 明里
……ねぇ、見た? 風間くんの唇の脇
榊原 凛
榊原 凛
血が滲んでたわね。誰かに殴られたのかしら
望月 明里
望月 明里
ケンカして遅刻? 怖ーい



同じような会話が、周りからもヒソヒソと上がっている。

広がる負の感情。

それでも微動だにしない彼の後ろ姿が昔の自分と重なって、胸が苦しくなった私は席を立った。


白坂 澪
白坂 澪
私、飲み物買ってくるね。明里ちゃんはミルクティー、凛ちゃんはお茶で合ってる?
望月 明里
望月 明里
すご……。なんで分かるの? 澪ってば、もしかしてエスパー?
白坂 澪
白坂 澪
去年からずっと一緒にお弁当を食べてるんだから、それぐらい分かるよ




二人にはそう言ったけど、本当はまた心の声を聞いてしまった。

辿り着いた自販機の前で、ひとり重い溜息を零す。



白坂 澪
白坂 澪
(人の心と空気ばかりを読んで……。こんな力、一体なんの役に立つっていうんだろう)




中学の頃に一度だけ、唯一信頼できる友達に自分の秘密を打ち明けたことがあった。

だけど、私の力を知った彼女はーー



中学の友人
中学の友人
え、なにそれ。気持ち悪い



向けられた軽蔑の眼差しに、喉の奥がヒュッと冷たくなるのを感じた。

それから私は、卒業するまでクラスのみんなに仲間外れにされてしまった。

あんな辛い思いは、もう二度としたくない。


白坂 澪
白坂 澪
(だから、この秘密は絶対に隠し通さなきゃ)



三人分の飲み物を腕に抱え、過去を振り払うように踵を返す。


その途端、肩にドンッと鈍い衝撃が走った。



白坂 澪
白坂 澪
きゃっ!



よろけた私の肩を、大きな手が抱き止める。


恐る恐る顔を上げた先にいたのはーー



白坂 澪
白坂 澪
か、風間くん!?
風間 蓮
風間 蓮
……



視界いっぱいに、目を見張る彼の表情が映り込む。

お日様に当たってキラキラと輝く金色の髪。

怖くてまじまじと見たことはなかったけど、風間くんって端正な顔立ちをしてるんだなぁ……。

白坂 澪
白坂 澪
(しまった! 見つめ過ぎた!)




ギロリと睨みつけられ、どやされると思った私は彼力いっぱいまぶたを閉じた。

その直後、彼の心の声が流れてくる。








風間 蓮
風間 蓮
(ヤバ……。白坂さん、今日も可愛すぎる……)
白坂 澪
白坂 澪
……え?



聞き間違いかと思って、目を開ける。

すると、風間くんはサッと目を逸らしてーー



風間 蓮
風間 蓮
(わ、ちょ、なんだよ!? そんな大きな目で見つめられたら……)



そこまで言うと、彼は心の動揺を表に出さぬまま、そろりと視線を戻してくる。


風間 蓮
風間 蓮
(ど……ドキドキしちゃうだろ……)
白坂 澪
白坂 澪
……っ




胸がキュンっと甘く弾けたのをきっかけに、心臓がドキドキと加速していく。



白坂 澪
白坂 澪
(えっ!? どういうこと!? もしかして、風間くん……)



私のこと……好き、なの……!?



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