彼のお願いに「いいよ」と答えたものの、心臓は忙しなく動いていた。
男の子と下校するなんて、小学生以来かも。
それでも、こんなに緊張しなかった。
身体の左半分が、なんだか落ち着かない。
足元を見ながら私にお礼を言った彼は、言葉足らずな自分を心の中で叱っていた。
“さっき”と聞いて、思い当たることは一つしかない。
こくん、と彼が頷く。
ふわっと上がる彼の口角に、心臓が一際大きく跳ねた。
弾けたそばからドキドキと走り出す心音。
胸の奥がきゅうっと甘く締めつけられて、微笑む彼から目が離せない。
夕陽に当たった金色の髪は、いつもとは違う温かな輝きを放っていて……。
彼の持つ全てに、吸い込まれてしまいそう。
見惚れていたなんて言えなくて、でも誤魔化すこともできなくて、私は思っていたことの半分だけを素直に伝えた。
風間くんは「ああ」と言いながら、毛先を指で摘みあげる。
てっきり染めているものだと思っていた。
クラスのみんなも……いや、全校生徒がこの事実を知らないんじゃ……!?
心外だと言わんばかりの表情を向けられ、しどろもどろになってしまう。
あれ? おかしいな。聞いていた話と全然違う。
嘘をついている気配もないし、これじゃあ素行が悪いどころか、スポーツ万能で面倒見のいい青年だ。
もちろん、それはとても良いことなんだけど……。
私は、人差し指を自分の唇の脇に当てた。
彼の綺麗な顔には、ひとつだけ怪我の痕がある。
それは昨日からのもので、明里ちゃんも「ケンカして遅刻したんじゃないか」って言ってた。
私の質問に、初めて彼が言い淀む。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。