I side
桜が咲いている季節は、ごく僅かだ。
特に今年は、大雨の影響で桜は、あの日を境に散ってしまっていた。
照りつける太陽の光が眩しい。
春なんて、一瞬で終わっちゃったなぁ…。
そんなことを考えながら、病院の敷地へと足を踏み入れる。
そういえば、ここの病院って、入口の桜が綺麗なことで有名だったっけな…
まぁでも、もう桜は散ってしまって、新緑が綺麗なんかな…。
あった。
一本だけ、あった。
数十本の新緑の木々に囲まれて、まだ、一本だけ桜の木があった。
そのひらひらと舞い散る花びらは、
どこか儚げで、
切なくて、
寂しげで、
そして、どこか懐かしくて…。
頭の中で、あの声がこだまする。
…気づいた時には、俺の頬には涙が溢れ落ちていた。
わからない…。
どうして、泣いているのだろう…。
どうして、何かが足りない気がするんだろう…。
あの声も、この桜も…。
どうして、どこかあたたかいんだろう…。
どうして、こんなに懐かしく感じるんだろう…。
周りの人が、怪訝そうな顔をしてこっちを見ている。
だけど、俺は泣くことを止められなかった。
何か、大切なものを失くしている気がしたから…。
わからない。自分でもよくわかっていない。
だけど、足りない。何かが足りない。
俺の中の大事なピースが一つ、欠けてしまっているような、そんな気がする。
空へ手を伸ばす。
青く、透き通った空。
その空に浮かぶ雲みたいに、掴めそうで、掴めない。
わからない。わかりそうでわからない。
そんな微妙な感覚が、とてももどかしくて。
ほとけは、何も言わず、ただ背中をさすってくれた。
ほとけが何も言わずに居てくれて、本当に良かった。
何か声をかけられたら、俺はすぐに壊れてしまいそうだったから…。
叫ぶ。
胸の中の喪失感を埋めるために。
ヒラヒラヒラ
風に乗って、桜の花びらり舞い散る。
その景色は、まるであの夢の桜吹雪みたいだった…。
ー第一章 ENDー
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。