第4話

屁と火事は元から騒ぐ
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2020/12/29 14:14
翌早朝。


一緒に住むと決めてから、早一日。
流石に一緒のベッドに寝るわけにもいかずにソファーで寝ていたため、体のあちこちが痛い。

何もない朝。日差しがよく映えた部屋はまるで映画のワンシーンのようで、まだ何が現実で何が虚構なのかよく分からない。ただ、そんな部屋に黒い霧が立ちこめるように、俺には一抹の不安があった。

リモコンを取り、ちょうどテレビを付け始めた時、青年が入ってきた。
「あぁ、お早う」
「……おはよう」

ニュース番組は昨日のことが何も無かったかのように、連日報道されている議員の収賄容疑について、専門家と意見を交わしている。あれだけ派手な行動をしたにも関わらず、トップニュースに出ないのは、現代日本の治安の悪さを表しているのだろう。


その時だった。


『昨日午後10時頃、○○県○○市内にある◯◯コンビニ付近で、女性が体中から血を流して倒れているのを、コンビニの店員が発見しました。女性は搬送先の病院で死亡が確認されました。



遺体には、刃物のような鋭利なもので刺された傷跡が無数にあることから、警察は他殺と断定し、殺人事件として捜査を始めました。


警察では、女性が何らかのトラブルに巻き込まれた疑いがあるとみて、交友関係を中心に捜査を始めています。』


その県と市は、まさに俺たちが住んでいる所そのものだった。

バレている。そう思うと一気に血の気が引いた。

「お、おい…バレてるじゃないか……!」
「なに、そこまで気にすることでは無い」
「で、でも……」
「安心しろ、おれと貴殿はあの女と一切関わりを持っていない。リストからは外されているようなものだと思え」

確かに、警察は交友関係を中心に調査を始めると言っていた。それなら自分たちは被疑者にされないだろう。

「ブラックでいいかい?」

俺がほっとしていると、いつの間にかコーヒーを入れた青年が新聞を持ってやってきた。

「いや、ミルクと砂糖多めで…」
「分かった」

棚からシュガースティックとコーヒーフレッシュを取り出すと、テーブルに置いた。

……悪くない味。
コーヒーに疎い俺でも、甘い香りに鼻腔は思わず蕩けていく。

「グアテマラの豆だ」
青年はそう言いながら、1人で新聞を読みふける。
よく見ると新聞はその他にも2紙あり、有名2社と地方紙を取っているようだった。

『コンビニ横で刺され死亡』

俺の目はそんな見出しを幾つも捉えた。しかしその全てに自分たちの情報は無く、安堵の気持ちでいっぱいだった。

「……全然無い、ですね」
「ああ。屁と火事は元から騒ぐ、つまり自分たちが騒がなければ何も起きない────覚えておくといい。」


────刹那。


ヴーッと自分のスマホが鳴る。警察か、と思い覚悟するが、それは母親からのものだった。青年に目を合わせると、彼は頷いた。

「……もしもし」
『お母さんだけど、最近元気してる?』
「…うん」
『ニュース見たわよ。住んでる近くで殺人事件が起きたそうじゃない。気をつけなさいよ』

大学をやめると口論した時から仲違いの母親。ぶっきらぼうに、吐き捨てるように言葉を口にした。



「……分かってるよ」

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