第8話

8.恋と結婚と友情
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2019/06/01 09:09
悩みに悩んだ末、私はオトヒメの笑顔を思い返して心を決めた。
私に呼び出されたカメさんはやけに軽快な足取りでやってきた。
苦労性なカメさん
ついに相手を見極められましたか!?
どうです、どちらにしましょうか!?
薬学者で階級も血筋も申し分のないリヒト様ですかな?
やや階級は劣るものの騎士団長としての実力は申し分ないユウジンですかな??
私
私はユウジンのほうが結婚相手にふさわしいと思う
苦労性なカメさん
左様でございますか、かしこまりました。
そのように皆に告げ準備を進めていきましょう!
待ちに待ったオトヒメ様の結婚にカメさんはとても浮かれていた。
私
でもリヒトも捨てがたい
苦労性なカメさん
はい?
では2人ともオトヒメ様と結婚すればよろしいということで?
カメさんが困っている。一妻多夫制なら問題なさそうなのに。
ってそうじゃなくて。
苦労性なカメさん
しかし弱りましたな、同時に2人と結婚することはできないことになっておりまして……一定の間隔をあければどちらも夫とすることができるのですが、先にユウジンと式を挙げるべきですかな
私
いや、そうじゃなくて。私はユウジンがいいと思う。
だけどリヒトはずっとオトヒメのことを考えて動いていた。
薬の開発もオトヒメのためだったし、彼の行動原理にはオトヒメが絡んでる。
オトヒメも口や態度こそひどいけど、内心は違うと思う
リヒトは薬の開発に夢中だが、それもすべてオトヒメのことを思えばこそ。
オトヒメがいなければ彼は薬学者になっていなかっただろう。

オトヒメの方もリヒトには甘えているからこそ口や態度に出てしまう。
容赦なく狂暴性を発揮できるのは絶対に嫌われないという確信が心のどこかにあるからだと思う。
薬にリヒトを取られてしまい寂しい。

きっとそれがオトヒメの本心だ。
苦労性なカメさん
ははあ、なるほどなるほど。
もしかするとオトヒメ様の運命の王子様は身近にいすぎてわからないだけかもしれないと。
オトヒメ様も随分と寂しい思いをしておられたようですしな
すごいぞカメさん!
私の言いたいことをわかってくれた。
私
私はこれで役目を果たせたよね?
苦労性なカメさん
そうですな、某の頼みを引き受けてくださり感謝致します。
あとはこちらでうまくやってみせましょう
私
いつ帰れる?
苦労性なカメさん
おやおや、それほどまでに急がれるのはなぜですかな?
カメより恩返しもさせていただきたいところですのに
私
向こうには私の家族と友達がいるもの。
こっちとあっちじゃ時間の流れも違うんじゃない?
浦島太郎の昔話が真実に基づいたものだとしたら、竜宮城で過ごした短い期間が私の世界では数十年ということもあり得る。
苦労性なカメさん
これはこれは。お気づきでしたか。
こちらは時の流れが遅く、ここに住まう者たちの寿命が仲人殿の世界にいる者たちよりもずっと永いのは竜宮城にいるからです。
いやはや、聡明な御方ですな
私
私が戻るとどれくらい経っているかわかる?
苦労性なカメさん
そうですな、まともに戻ると1年くらいは経っているかもしれませぬ
私
1年も行方不明って笑えないよ
私が苦笑するとカメさんは甲羅の中から青い小瓶を取り出して私にくれた。
苦労性なカメさん
これは時間を巻き戻すことのできる秘薬です。
数十年単位で時を戻すことはできませんが、1年程度なら問題ありません。
向こうに戻られたらすぐに飲まれるとよいでしょう
私
恩返しはこの薬だけで十分。
身に余る恩返しなんていらないよ
苦労性なカメさん
ほほっ、まこと聡明であられる。
オトヒメ様や他の者たちも寂しがるでしょうが、貴女は人の枠組みの中で生きることを選ばれるのですな
私
うん、私の暮らしていく場所はここじゃないから
ここで得たものが忘れ難いものとなった。
親しくなった人たちと別れることも寂しさがないといえば嘘になる。
だけど私は私の家族と友達のいる場所に帰りたい。
苦労性なカメさん
明日にでも戻られますか?
私
早い方がいい。皆にお別れの挨拶をしないとね
苦労性なカメさん
宴会を開きましょうか?
皆、送り出したがると思いますぞ
私
名残惜しくなるから気持ちだけで。私、皆に伝えてくるね
ということでオトヒメには真っ先に帰ることを伝えに行き、案の定泣かれてしまった。
オトヒメ
オトヒメ
姉さまなんてもう知らないっ!
と言われて部屋にこもられてしまい私がオトヒメの部屋の前で扉にしがみついていると、リヒトがニコニコとやってきた。
リヒト
リヒト
オトヒメのすすり泣きが聞こえたんだけど、原因って仲人ちゃん?
どういうことか説明してくれるんだよね?
この人はオトヒメのことしか頭にないんだよなぁ……ニコニコしているがリヒトの背後からは怒りのオーラがたちのぼっている。
私
明日帰ることを伝えたら泣かれちゃった。慰めてあげてね
リヒト
リヒト
は、なにそれ?
帰るってことはもう決めっちゃったってことだよね!?
どっちにしたんだ、白状しろっ
リヒトが私に詰めより、壁ドンならぬ扉ドンをされた。
目を逸らす私の顎を無理やりつかんでリヒトは白衣のポケットから黒い小瓶を取り出し、飲ませようとする。
リヒト
リヒト
ほら、飲んだら気持ちよくなってしゃべりたくなるよ。飲みなよっ
私
やめて!
ユウジン
ユウジン
リヒト様、そこまでです。
仲人殿の身柄は自分が預かります
私とリヒトの間に入り込んだユウジンは乱暴に私の腕をつかんで引っ張っていく。
連れていかれたのは広間のソファーでそこにどさっと座らせられた。
私
何で怒ってるのよっ
ユウジン
ユウジン
怒ってなどいない
私
怒ってるじゃん!
私は明日帰るんだから最後くらい笑顔で過ごさせてよっ
チっと舌打ちしたユウジンは、ソファーの背もたれに手をかけて私を腕の中に閉じ込めた。
至近距離でユウジンのグレーの瞳を覗き込んだのはこれがはじめてで、彼の瞳は怒りと悲しみの色を宿してゆらゆらと揺れている。
ユウジン
ユウジン
急すぎる。なぜそんなに慌てて帰る必要があるんだ
私
何言ってるの?
両親や友達が向こうにいるの。
帰りたいと思うのが普通だよ!
ユウジン
ユウジン
しかし……
私
もういいでしょ?
離して、疲れたから部屋で休む
解放してくれる様子のないユウジンに複雑な気持ちを抱きながら、私は両腕を彼の背中に回してぎゅっと抱きしめた。
私
これは友達へのお別れの抱擁。
楽しかったよ、ありがとう
まだ何か言いたそうなユウジンを残し、私は部屋に戻った。明日には帰れる。
嬉しいはずなのに涙が出てくるなんておかしいなぁ……

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