第3話

3.親睦会とお酒と試薬
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2019/04/27 09:01
苦労性なカメさん
それではオトヒメ様の結婚への第一歩が進んだことを祝して乾杯!
カメさんがお酒の入ったグラスを高く掲げながら乾杯の音頭をとると、周りの人たちは待っていましたと言わんばかりに大はしゃぎ。
20歳になってまだ日の浅い私は、日本酒やカクテルをちびちびと広間の片隅で静かに楽しんでいた。
今回はオトヒメ様の結婚前祝という名目で開かれた仲人と結婚候補者たちの親睦会だ。

推定年齢888歳のカメさんはお酒の席が大好きでなにかと理由をつけては頻繁に飲み会を開いているらしい。
ユウジン
ユウジン
仲人殿、楽しんでいるか?
私
この間はよくも置き去りにしたな……
私はついこの間、この騎士団長さんに竜宮城内で置き去りにされた。
なんとかカメさんの元までたどり着き事なきを得たものの、知り合いに出会えなかったら今頃どうなっていたことか……考えただけで恐ろしい。
私
土地勘もないし知り合いもいなくて不安だったのにひどすぎると思わないの?
あの場ではユウジンしか頼れる人がいなかったのに置いていかれて泣きそうになったんだからね
普通、勤務時間が終わっても帰らないよ!
ユウジン
ユウジン
いや、しかしだな、残業代も出ないのにダラダラと働くのは良くないことだ
時は金なり。無駄な時間を浪費せず休息時間は確実に確保しなければ
有事の際に体力が持たなかったとあっては騎士団長の沽券に関わってしまう
私
くそ……この真面目馬鹿め……ケースバイケースってもんがあるでしょ!
怒りを込めてユウジンの頬をひっぱたき、私はふんと鼻を鳴らした。
ユウジンが平手を避けることなく真っ向から受け止めたのは思いがけない結果だったが、騎士団長程の立場ある人があっさりと攻撃を食らってしまったのは良くないだろう。小娘に頬をひっぱたかれたなんてそれこそ沽券に関わりそうなことだ。
私
ごめん、避けられると思ってた
私が謝罪するとユウジンは頬を掻いて横に視線をそらした。
ユウジン
ユウジン
感謝する、蚊が止まっていたから仕留めてくれたんだろう
私
まさかわざと?
ユウジン
ユウジン
さて、なんのことだ
わざとらしくとぼけるユウジンに私は苦笑するしかない。私の怒りをきちんと受け止めてくれる度量の深さに感服するしかなかった。
悪いのはユウジンだと思うが、勤務時間が終わっていたなら強く責めることもできない。
私
ありがとう、難はありすぎるけど誠実ではあるかもね。
叩いてごめんなさい。
できれば勤務時間外でも助けてくれると嬉しいけど
休日にお茶の相手くらいはしてもらえるのかな?
ユウジン
ユウジン
プライベートな時間かつ予定のない日ならば可能だ
堅苦しいな相変わらず。私はユウジンと2人で静かにお酒を飲みながら会話を楽しんだ。
ユウジン
ユウジン
仲人殿は豪胆だな。それでいて飾り気のない言動には好感が持てる。
同性であれば迷わず自分の部下に誘っていた
私
それ褒めてるの?
女の人に豪胆って誉め言葉じゃないよ
ユウジン
ユウジン
そうか、では何と言えば好ましいと思ってもらえるのだろうか?
私
相手によるね。私はユウジンの生真面目さに好印象をもったけど、
人によっては堅物で近寄りがたいと思うかもしれないし。
飾らない言葉で本心を言ってくれるのが一番うれしいかな
ユウジン
ユウジン
つまり仲人殿は好ましいと思ってくれているのだな。嬉しいことだ
私
そうそう、好ましいと思ってる
会話の流れでさらっと言ってしまった後、私ははっとした。これではまるで告白しているみたいじゃないか!
私
違うからねっ!
好ましいっていうのはユウジンの人柄のことで深い意味はないからねっ
ユウジン
ユウジン
ありがたくその好意を受け入れよう。自分の性格は万人受けしないらしくてな。
陰では付き合いにくい男ナンバーワンと言われているのも知っているが
こんな人間でも受け入れてくれる懐の深い相手がいるとは思わなかった。
感謝する
ユウジンは照れた様子もなく落ち着いていたが嬉しそうだ。
もしや万人受けしない性格で付き合いにくい男ナンバーワンと言われてひそかに傷ついていたのだろうか。
私
頑張ってね、騎士団長さん
なんというか、いろいろと人間関係で苦労していそうだし。
ユウジン
ユウジン
ああ、これからも職務に励んでいくことを約束する
私にそんなことを約束されてもなぁ……
リヒト
リヒト
ユウジン君、抜け駆けで仲人ちゃんに取り入るなんてずるいなぁ
ふらふらとやってきたのはリヒトだった。だいぶ酔っているのか顔が赤い。
ユウジン
ユウジン
リヒト様!
自分は決して抜け駆けなど卑怯な真似は致しません。これにて失礼いたします。
またな、仲人殿
リヒト
リヒト
もしかして邪魔しちゃった?
でも僕とも仲良くしてくれないと困るんだよね
何を考えているのかわからない微笑を浮かべながらリヒトは私の肩に肘をのせて寄りかかってくる。
リヒトのきれいな顔が近すぎて私の心臓が跳ね上がった。
リヒトはふふっとからかうように笑いながら小さな声で耳打ちしてくる。
リヒト
リヒト
僕さ、だいぶ酔っぱらってるみたいなんだ。ここから君の部屋って近いんだよね?
ちょっと休ませてほしいな
私
う、お酒臭い……
リヒト
リヒト
ええーーそうかなぁ?
そんなに飲んでないよ〜〜ワインを4杯、カクテルが6杯、
梅酒が3……あれ、8かな……あとビールと~~……
私
飲みすぎっ!
リヒトはううっと苦しそうに口元を片手で覆った。
ああこれって絶対気持ち悪くて吐きそうな一歩手前のやつだ……万が一、この状況で吐かれてしまったら最悪だ。

おえ~~っと言っているリヒトのせいでこっちまで気持ち悪くなってきた。
ユウジンと話し込んでいたうちに私もかなりの量を飲んでいたような気がする。
私
うう……私も気分悪くなってきた……ちょっとしっかりして、歩ける?
薬学者のくせに飲みすぎたらどうなるかくらいわからなかったの?
私の部屋は無理だけど広間の横にソファーがあったからそこまで頑張って……
リヒト
リヒト
ふふっ、仲人ちゃん優しいなぁ~~オトヒメも優しいんだ。
可愛くておっとりしていて少し夢見がちだけど、自分のことより他人の心配をしちゃうような子。
彼女のほうが危なっかしいのに周りのことばかり心配してね
幸せそうにオトヒメの話をするリヒトはとても優しい表情をしていた。酔っぱらって赤くなっていたはずなのにもう平然としており、足の運びも安定している。
私
もう平気なの……なんでぇ……? うう……
リヒト
リヒト
はい、これ飲んでね。酔いさましの薬
リヒトは白いガラスの小瓶を取り出してふたを開け、返事すら聞こうとせず私の口に小瓶の中身を流し込んだ。ほんのりと甘くてラズベリーっぽい香りが鼻腔をくすぐった。
私
なにこれ……体がふわふわ、溶けちゃいそう……ううーーん……あ、っつい!
酔いさましの薬を飲まされた私の体はおかしなことになっていた。ふわふわとした浮遊感とまるでサウナに入っているような暑さを感じ、飲みすぎとは違った気持ち悪さのせいで意識が朦朧としてくる。
私
……!?
リヒト
リヒト
ごめんね、仲人ちゃん。僕の被験体になってね。どんな手を使ってでもオトヒメと結婚したいんだ。
僕の大事なお姫様を彼女をよく知りもしない男に奪われるなんて許せないんだよ。
結婚相手を自分で決めようとしないオトヒメにもちょっと腹が立っちゃてさ。
もうオトヒメに選んでもらえるように仕向けるしかないよね
私の顔を覗き込みながらリヒトはにっこりとほくそ笑んだ。
リヒト
リヒト
実は飲ませた薬ってまだ試薬品だけど媚薬の一種なんだ。
オトヒメに使う前にどんな効果が出るか試させてね。
安全性の保障できないものを飲ませちゃ意味ないからさ
その点、私はどうなっても構わないってことか!
最低だ。

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