呆然とする私。
振り下げられたナイフは私の目の前で制止。
翼が武藤先生の手首を掴み、止めている。
包みは結依が抱えていた。
今まで聞いた中で一番大きな翼の怒鳴り声が
狭い部屋に響く。
翼は激怒した顔で武藤先生を睨みつける。
武藤先生は翼の方に私を突き飛ばした。
血走った武藤先生の目。
振り上げたナイフが電球で光る。
私の体重がかかったことにより、確実に私達
は床にぶつかる。おそらくスグには起き上がることは難しい。
つまり…死だ。
そしたら、翼がいきなり……
翼が思いっきり私の腕を引っ張り、幸輝達の
方に投げた。
その反動で翼は武藤先生の方へ…
投げられた私を幸輝が受け止めた。
慌てて後ろを振り向くと、バランスを崩した
翼がいる。
そして…
ザシュッッ!!!
武藤先生のナイフが翼の喉元を切り裂いた…
横たわる翼の喉からは血が絶えなく出てる。
薄く開いた目から光が失われていく。
結依の悲鳴が響く。それと同時に草薙先生が
動き、武藤先生のナイフを蹴飛ばすと、包丁
を肩に突き刺した。
そう言うと、草薙先生は武藤先生の髪を掴み
鏡の方を向かせた。
少女は怒りを抑えているように、針を握って
いる両手に力を込めていた。
前髪で見えないが、涙が頬を伝っている。
悲痛な声で叫ぶが、少女は針を振り上げ、
一瞬の内に武藤先生を八つ裂きにした。
武藤先生が死ぬまでの悲鳴。死んだあとの、
床に出来る血溜まり。
私にとってそんなのどうでもよかった。
翼は死んだ。
大好きな最愛の人が死んだ。
武藤先生なんかどーでもいい。
私はフラフラと翼に近寄り、しゃがむ。
血だらけの頬に手を当てると、微かに残る
翼の温もり。
そう呟くが聞こえる筈がない。
だって…翼はもう死んでいるから……
私の目からは大量の涙が流れ出す。
巨大な鏡から声が聞こえた。
部屋の中の全員が鏡を見る。
涙を拭い見ると、白銀の少女は黒髪の少女へ
変わっており、そこからはさっきまでの殺意
は見られない。
俯き申し情けように言う彼女の目には涙が
溜まっていた。
少しの沈黙のあとに幸輝が問う。
鼻声で返事をすると、結依は床の真ん中に、
包みを広げて置いた。
ふろしきの上には少女の全身の骨がある。
彼女はそう呟くと静かに針を取り出した…
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!