何分間泣いていただろう
地下の駐車場からは外は見えないが
もう、日が沈みはじめる時間帯じゃないだろうか
いきなりの佐久間さんの提案に正直驚く
でも
ちょっと嬉しいとも思ってしまった
そう言って佐久間さんはニカッと笑い
ポンポンと、俺の頭を撫でる
佐久間さんの手が俺から離れて
ハンドルを握り
車がゆっくりと動き出した
────────────────────────────────
──ガチャ
佐久間さんがマンションの
少し重めのドアを開ける
1回入ったことがあるとはいえ
ちょっと緊張……
そう言うと佐久間さんは微笑んで
キッチンに向かって歩いて行った
俺はリビングにあるソファーのひとつに
ちょこんと座る
前も思ったけど……
佐久間さんの家
一人暮らしにしてはものすごく広いな……
他にも誰か住んでんのかな
リビング以外にも部屋が何個かあるし
お風呂もついてるし……
リビングからは、
キッチンでカフェオレとコーヒーを作っている
佐久間さんの姿が見える
『どんな内容だったとしても
まるごと全部、受け止めてやる』
佐久間さんのあの言葉が
どれだけ嬉しかったか
……今、言おう
理由も
俺の事も
ちゃんと
じゃないと俺
佐久間さんの優しさに甘えて
ずっとズルズル引きずってしまう気がする
佐久間さんがキッチンの方から返事をする
しばらくして
マグカップを2つ持った佐久間さんが
キッチンから出てくる
そう言いながらも
少し、マグカップを握る手が
震えている自分が情けない
佐久間さんから貰ったカフェオレを口に少し含む
あたたかくて甘いカフェオレが
口の中にふわっと広がって
気持ちを落ち着けてくれた
俺は、熊ケ谷(クマガヤ)という家の
養子として育てられた
両親は
生きてはいる、らしいけれど
会ったことは無いし
顔も
名前すらわからない
熊ケ谷というのは、俺の両親の
遠い親戚らしいけど
俺に対しては横暴で
小さい頃から俺は
痛い
つらい
そんなの、当たり前で
家でも
学校でも
居場所なんかなかった
唯一いっしょにいてくれたのは雪で
それでも
雪が無理して一緒にいてくれてるんじゃないかって
そう疑ってしまうのも
苦しかった
膝の上でギュ……と
拳をにぎりしめる
いきなり
全身が
何かあたたかいもので覆われた
気がつくと佐久間さんが
前から、俺を
抱きしめていて
佐久間さんの匂いが
いっぱいで
やっぱり
すごくあったかくて
安心
したのかもしれない
止まったはずの涙が
次から次へとこぼれ落ちていった
唇に
やわらかい感触
佐久間さんの唇が
俺のそれを塞いでいた
いきなりのことに驚いて
目を見開く
でも、変に拒否したり
そういう気は全然なくて
あ……佐久間さん
まつげ長いな……
そんなことを考えながら
俺はそのまま
佐久間さんに身を任せて
瞼を閉じる
重ねられた唇の感触が
心地よかった
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。