第18話

忘れられない
725
2018/12/09 12:45

佐久間さんに何も言わず


出てきてしまった……












……これで、良かったんだ



あの人のそばにいると

俺が俺じゃなくなる気がする






自分が


分からなくなる
千星
千星
はぁ……
朝早すぎて、まだ店のひとつも空いていない


冷たい空気が

すうっと頬を撫で通り過ぎていく
千星
千星
帰らねぇと
また、いつも通りに戻るだけ


なのに…………




忘れるには、あの人から受けとったものが多すぎる

千星
千星
簡単になんて消えねぇんだよ……バカ……

まだ、昨日のもやもやが残っている



あの人に刻み込まれた快楽も



あの人に貰った、温かさも






全部、全部残っていて


俺は、こんなの

知らないから──────














幼少期


物心着いた時には


どこかの家の養子だった





そこの家族は

なんで俺を引き取ったんだろうってくらい

俺に対して卑劣で



俺はただただ働くだけ


都合のいい道具でしか無かった




1番キツイのは風邪をひいた時

病気を移さないように

階段の下の物置に連れていかれる



一日のうちにその扉が開けられるのは


朝、昼、晩


菓子パンがひとつ

部屋に投げ込まれる時だけだ



あとはひたすら

そこで耐えるしかない




そんな冷たい床の上で育ってきた




なのに佐久間さんは

気分が悪いっていう俺を気にしてくれた

料理を作ってくれた

それがなんでもないように

笑って、グリグリと俺の頭をもみくちゃにした



いまさらあんなに温かいものを

俺が受け取っていいはずかない





千星
千星
さむ……






そうだ、俺には

これくらいの温度が丁度いい














プリ小説オーディオドラマ