あっという間に季節は過ぎ、真夏の匂いがし始めた。
私と先輩はというと
何かが始まることなんてなく今まで通り
ただ一緒に登校するだけの関係。
先輩にぐっと腕を引かれ、電車に乗った。
元カレと元親友の姿を見た気がして
思わず立ち止まってしまったのだ。
あれ?
でも思ったよりも大丈夫かも……?
前までは2人を見かけるたびに
胸を突き刺すような痛みがあったのに。
慌てて腕を引っ込めると、先輩はむっとする。
口を尖らせて拗ねてみせるところは
本人には絶対言わないけど正直可愛い。
それになんだかズルい。
本当に先輩は、私のことをわかりすぎている。
たまに怖いくらい。
余計なことは何も聞いてこない。
満員電車ではさりげなく
おじさんから私を守る壁になってくれたり
席が空いたら当たり前のように
私を座らせてくれたり……。
今のだってそう。
先輩は私の小さな変化を見逃さない。
そういう気遣いがいつも嬉しかった。
そう言いながら
先輩は私のおでこにデコピンした。
楽しそうに笑う先輩の笑顔。
私の世界の大半は
いつの間にか先輩で埋め尽くされていた。
眠れない夜が続いてたはずなのに
近ごろはいつも先輩のことを考えてしまっている。
私を苦しめていたあの2人なんて
もう心の端っこにいっちゃったみたい。
冗談半分でそう聞いてみると
突然先輩の表情が曇った。
ふっと気まずそうに視線を逸らす先輩。
ドスンと鉛のような重いもので
心臓が押しつぶされたかと思った。
なぜか声が震えてしまった。
吐き捨てるような先輩の言葉に
はっとする。
私には関係ない。
そっか、そうだよね。
なんだかすごく泣きたい気持ちになってしまう。
アナウンスと同時に電車が減速する。
押し込めていた気持ちがぶわりと
溢れ出すように、涙がすぐそこまできている。
ドアが開くと同時に私は
先輩を置いて電車から走り出した。
そっか私、先輩に……恋してたんだ。
知らないうちに押し込めていた気持ちが
どんどん育ってた。
私はとっくに、恋のスタートラインを
踏み越えちゃってたんだ。
この小説のもとになった高橋玄(おさるのうた)さんの楽曲を聴いてみてください。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!