第6話

スタートライン
1,159
2022/03/28 09:00

あっという間に季節は過ぎ、真夏の匂いがし始めた。

私と先輩はというと
何かが始まることなんてなく今まで通り
ただ一緒に登校するだけの関係。
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
おーい雫
なにぼーっとしてんだよっ!
月野 雫
月野 雫
わっ!

先輩にぐっと腕を引かれ、電車に乗った。
月野 雫
月野 雫
さっき、向こうに……

元カレと元親友の姿を見た気がして
思わず立ち止まってしまったのだ。

あれ?
でも思ったよりも大丈夫かも……?

前までは2人を見かけるたびに
胸を突き刺すような痛みがあったのに。
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
雫?
月野 雫
月野 雫
なんでもないです……
ってわああ!
いつまで腕掴んでるんですか!

慌てて腕を引っ込めると、先輩はむっとする。
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
そんなに嫌がらなくても
いーだろ
口を尖らせて拗ねてみせるところは
本人には絶対言わないけど正直可愛い。

それになんだかズルい。
月野 雫
月野 雫
すみません
でももう暑くなってきたし
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
俺が暑苦しいって
言いたいわけ?
月野 雫
月野 雫
ち、ちが!
ただ満員電車も
きつくなってきたな~って
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
ならそろそろ
電車の時間ずらそっか?
一本遅いやつにさ
もう大丈夫でしょ
本当に先輩は、私のことをわかりすぎている。

たまに怖いくらい。
月野 雫
月野 雫
先輩はいいんですか?
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
俺は遅刻さえしなきゃ
何時でもいーよ
余計なことは何も聞いてこない。

満員電車ではさりげなく
おじさんから私を守る壁になってくれたり
席が空いたら当たり前のように
私を座らせてくれたり……。

今のだってそう。
先輩は私の小さな変化を見逃さない。

そういう気遣いがいつも嬉しかった。
月野 雫
月野 雫
先輩、いつも
ありがとうございます
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
なんだよ急に!
素直過ぎて気持ち悪いんだけど
そう言いながら
先輩は私のおでこにデコピンした。
月野 雫
月野 雫
いたっ!
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
はは!
油断してんのが悪いんだよ

楽しそうに笑う先輩の笑顔。

私の世界の大半は
いつの間にか先輩で埋め尽くされていた。

眠れない夜が続いてたはずなのに
近ごろはいつも先輩のことを考えてしまっている。

私を苦しめていたあの2人なんて
もう心の端っこにいっちゃったみたい。
月野 雫
月野 雫
こんな私に付き合ってばっかいたら
彼女できないですよ!
先輩は好きな人とかいないんですか?
冗談半分でそう聞いてみると
突然先輩の表情が曇った。
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
俺は、恋なんて
もう二度としないから
ふっと気まずそうに視線を逸らす先輩。

ドスンと鉛のような重いもので
心臓が押しつぶされたかと思った。
月野 雫
月野 雫
どうしてですか?
なぜか声が震えてしまった。
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
お前には関係ないだろ
吐き捨てるような先輩の言葉に
はっとする。

私には関係ない。
そっか、そうだよね。

なんだかすごく泣きたい気持ちになってしまう。
車掌さん
まもなく、学門前駅
学門前駅ー
アナウンスと同時に電車が減速する。

押し込めていた気持ちがぶわりと
溢れ出すように、涙がすぐそこまできている。
月野 雫
月野 雫
す、すみません……
余計なこと聞いちゃいました!
ドアが開くと同時に私は
先輩を置いて電車から走り出した。
五十嵐 晴人
五十嵐 晴人
おい!雫!!


そっか私、先輩に……恋してたんだ。

知らないうちに押し込めていた気持ちが
どんどん育ってた。

私はとっくに、恋のスタートラインを
踏み越えちゃってたんだ。



この小説のもとになった高橋玄(おさるのうた)さんの楽曲を聴いてみてください。

プリ小説オーディオドラマ