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第3話

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2021/06/20 09:06
  ニヤリと笑う彼の肩は、息切れて上下に揺れている。スーツ姿の若い男。大丈夫。不審者ではない。
映爾
相変わらず、足速いね。スーツなのに
柏先生
だから言ってんじゃん。中高と陸上部の俺をなめんなって
映爾
ほんと、就活してるようにしか見えない
柏先生
っせぇな。ちゃんと教職就いとるわ!
  なんて、いつも通りの会話を交わす。もうこの流れ飽きたな。ま、いいや。
柏先生
ってか、ついに先月は1日も来なかったな。まったくよぉ
映爾
毎日ご苦労様。こんな不登校生徒に懲りずに説得しに来るなんて。そこでコーヒーでも奢ろっか?それぐらいのお金はちゃんと稼いでるんだからね?
  近くの自動販売機を指してからかう。「てめぇ」と彼が睨む。
映爾
あっ、時間ヤバくなりそうだから行くね
柏先生
お前、俺に会わないように、シフトの時間早めたよな?
  バレたか。
柏先生
っつーか、そんな簡単に行かすわけには行かねぇだよ、担任なんだからよ。そんで今日はちょうど手紙やら集金が·····
  あぁ、連れて行かれる。早く逃げないと。いつもこうして、やたら理由をつけては、私を学校へ誘拐しようとして来る。

と、その時。後ろからカツカツとヒールの音が近付いて来た。
芽沙
よっ!おはよう映爾。朝っぱらからナンパされちゃってー
  と言ってスっと脇に腕を絡ませてきた、いかにもギャルな女子。芽沙メイサちゃんだ。今日も銀色のインナーカラー入りの茶髪をポニーテールにして、がっつりメイクをしている。そんな彼女は専門学生、華の20歳。
映爾
あっ、おはよー
柏先生
え、あっ!おい!
芽沙
ちょっと!いくらこの子が可愛いからって、ナンパとか今時ダサいってのー!行くよ映爾
映爾
えっ、あっ·····
  されるがままに、そのまま私は見苦しいナンパ男と思われた先生に苦笑いとアイコンタクトを向けて、芽沙ちゃんとともにそそくさとその場を去った。頭をかいて立ち尽くす彼は追って来ない。ある意味、ラッキー?
芽沙
もう、気をつけなきゃダメだよー?
  未だ腕を組み続けながら二人三脚をする。まだ先生の事を勘違いしているようで、思わず吹き出した。
映爾
あ、あれさ、ごめん。高校の担任なの
芽沙
えっ!?ちょっ、マジで?ごめん!てっきり·····
映爾
ナンパだと思った?
芽沙
って事はうちヤバくね?だって今大事な話でも
映爾
あぁ、いいの!むしろ感謝だよ!ちょうど捕まっちゃってさー。日常茶飯事なんだけどね
  ふぅん、と振り返って口をすぼめる芽沙ちゃんの唇に、真っ赤なリップが光る。
芽沙
あいつ、名前なんて言うの?
映爾
えっ?かしわ康暉こうきだけど·····
  教師3年目の25歳、だっけな。とりあえず行くだけ行った入学式で、そんな事を言っていた。頭はめちゃくちゃいいのに、なぜか皆から「康ちゃん」と呼ばれてなめられてる。可哀想に。
芽沙
柏、康暉ねぇ·····。顔はまぁまぁじゃない?
映爾
まぁ、確かに。喋ったらアウトだけど
芽沙
それな
  2人で向かう先は、近所のコンビニ。私達はここでアルバイトをしている。昼間なら先生なんかが来ることも無いし、もし知り合いが来ても、店長が上手くかくまってくれるから安心だし。高校よりずっといい所。
芽沙ちゃんは大半は午後からだけど、今日は授業は無いらしい。
店長
おはよう、お2人さん
  店長が肘をついてレジに立っていた。40後半にもなって独身と言う肩書きを背負う背中は、見てるこっちまで重くなる。
芽沙
ほら店長、お客さん来るでしょ!
店長
今いないもん
映爾
なんかあったの?店長
  いつも以上にため息ばっかりついて。つくなら肘だけにして欲しい。本当にいくつになっても子供だな。
店長
···姪が、結婚したんだ。俺、姪っ子にまで先越されちゃったよ。もう、一生このままなんだな·····
映爾
それはその、おめでとうございます
 思わず苦笑い。髪を1つに結んで、品出しのカゴに手を入れる。
芽沙
やっぱ店長がもっと堂々としてないと!人生これからじゃん!
映爾
芽沙ちゃんかっこいい!
芽沙
まぁ店長はもう手遅れだったり、じゃなかったり···?
店長
うるさいっ!もう、大学で彼女手放してなけりゃ···うぅっ·····
  アニメみたいな人だな。まったくもう。

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