あなたのあなた「……はぁ。」
昼休み。図書室の自習スペースにて勉強をしていた私は、誰もいないことをいいことに時々ため息を吐いていた。
及川さんに励ましてもらえたことで、幾分か気持ちは落ち着いたが…肝心の、お兄ちゃんとの仲直りができていない。
昨日と一昨日、お兄ちゃんは丸々部活で学校に行ってたし。
今週末はIHの全国大会があるから、トーナメントに負けるまで開催地の石川県にいるから…できればそれまでに解決したいのに。
どう仲直りすればいいのか分からないから、どうしてもお兄ちゃんを避けてしまう。
あなたのあなた「……お兄ちゃんと、兄妹として喧嘩したのなんて初めてだもんな。」
きっと、傍からは解いてる問題が難しくて頭を抱えているように見えてるんだろうな…と自覚しながらも、私は頭を悩ませた。
帰り道。以前のようにスーパーに寄って帰ろうと思い、別のルートを歩いていると、
あなたのあなた「……あ。」
右手には、『坂の下商店』と構えた古い作りのお店が。
そういえば、コーチには何も言わずに辞めちゃったもんな。
…それに、土日は東京で音駒たちと遠征に行ってたはず。
そう思い出して、恐る恐る私は引き戸に手を添えた。
ガラガラガラ…
コーチ「あぁ、いらっしゃ_____…」
私と目が合った瞬間、言葉を詰まらせたコーチ。
口にはタバコを咥えているという…見慣れていた光景に懐かしさを感じた。
あなたのあなた「…お久しぶりです、」
コーチ「まぁ、1週間もまだ経ってないだろ。」
あなたのあなた「……ですね。」
退部してから1週間も経ってないのに、コーチと会うのが本当に久々のように感じてしまっていた。
…たぶんそれは、コーチも同じで。
あなたのあなた「あの、ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。」
頭を下げて謝る私に、コーチは上からため息を吐いた。
コーチ「… ほんと、相当迷惑かけられたぞ。こっちは」
その言葉にビクッと肩を震わせながら、そっと顔を上げる。
と、コーチは口に咥えていたタバコを手に取り、灰皿へ着火口の方をグリグリと押し付けて火を消す。
…その表情は至って穏やかで、笑いながら言葉を続けた。
コーチ「あいつら、せっかくの遠征だってのに集中途切れまくるわミスしまくるわ、で散々だったんだからな。」
半分冗談で笑い話にしてくれているんだろうけど、私としては申し訳なくて、「…すみません」と言葉を返した。
コーチ「いや、お前のせいにしてる訳じゃねぇんだ。」
「ただ…、」と言葉を繋げるコーチは、思い悩むような表情をしていて…
コーチ「ただ、それだけお前が烏野に必要なんだってことだろうな。」
コーチの言葉に、自分の心がグラッと揺れるのが分かる。
私を必要としてくれる場所、人達、
そんな存在が私にもあるんだ…とコーチの言葉が思わせてくれたから。
あなたのあなた「……でも、私は________」
私は…、怖いんだ。親に逆らうことが。
両親を亡くして、1人の時間も多かった私が…一番知ってるから。
家族の大切さも、ありがたさも、
それをなんて伝えればいいのか分からないまま、言いかけて固まる私。
カラカラ…
沈黙が広がった重い空気の中、後ろから引き戸の開く音がした。
コーチも、私も自然と開けた主に視線を運び、
……私たちは驚いて、一瞬動きが固まった。
日向「…コーチ。俺はどう練習したら良いですか。」
日向くんの常に上を目指す真っ直ぐな瞳は、今の私とは正反対で…
久々の日向くんの直射日光ぶりに、視線が離せなかった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。