兼谷「この辺でいっかな〜」
先輩は人影がないことを確かめると、今いる通路の角に来る途中に自販機で買ったペットボトルを私に差し出した。
兼谷「勝手言って連れ出しちゃったけど大丈夫だった?」
あなたのあなた「他のマネージャーもいるので大丈夫ですよ」
兼谷「そっか」
さっきまで烏野のみんなの前で話していた時とは雰囲気が変わったように感じられる。
『もし良かったらだけど、お宅のマネージャーお借りしてもいいですかね?』
そう言ってさっき、私をあの場から連れ出した時までと同じように笑ってるけど、今はその瞳の奥に真剣な光がちらりと伺える。
そうだ…こんな人だった、と中学時代を鮮明に思い出す。
明るくておちゃらけているだけの人じゃない。
他人のことでもこんなふうに一緒になって真面目に考えてくれる…そんな人だったから先輩は皆に好かれてて、気難しいお兄ちゃんとも仲が良かったんだ。
懐かしい先輩の人間性を目の当たりにして、心の内に暖かい何かがじわりと広がった。
兼谷「にしてもほんと意外だったわー、あなたのあなたがあんなに他人の前で笑ってるとか思ってなかったからさぁ。」
あなたのあなた「そんなに意外でした?」
文面だけ見れば毒を含んだような発言だけど、それが素なのが兼谷先輩だってことは、もう中学の3年間で知っている。
だからこそ、先輩が私をそんなふうに思っていたと初めて聞いて、思わず聞き返してしまった。
兼谷「意外意外。だって3年前のこの時期…入部して4ヶ月くらいでようやく俺には心開いてくれたくらいだろ?」
先輩が軽く笑いながらそう答える間、私はふとその頃を思い出していた。
3年前の夏。...本当に色々あった夏だったなぁ、と改めて感嘆のため息をついてしまうほど皮肉なほどに。
3年生が引退して2年生が主体のチームになって、
バレー部の先輩たちとようやく関係性が築き始められて、
例の“初恋”の彼と会う最後の日になって、
お兄ちゃんとの関係性が“部活の先輩”から“兄”へ変わって...
兼谷「で?結局あの中の誰があなたのあなたの彼氏なんだよ?」
デリカシーのかけらもなく、そう尋ねる先輩の声で一瞬で現実に意識が戻される。
私は昔を思い馳せていたなんて悟らせないように、さっきの発言に対して先輩を軽く睨みつけて口を開いた。
あなたのあなた「誰も彼氏じゃないですから!っていうか先輩たちに失礼です!」
兼谷「あれれ〜?俺一言も“先輩”とか言ってないけど...もしかしてほんとに、」
あなたのあなた「ほんとに違います!!」
自分で言うのもなんだけど、私がここまでガチになって否定するなんて珍しいと思う。
そんな私の必死さにツボる先輩の笑い声が収まるまで、私は本気で今すぐこの場を立ち去ろうかって考えてたぐらい。
兼谷「ははっ...でも良かった。あなたのあなたが元気そうで」
ひとしきり笑った後「白布も元気?」と聞かれ、頷いて肯定する。先輩が今もお兄ちゃんを気にしてくれていて素直に嬉しいと思う。
兼谷「兄妹仲は相変わらずか?」
あなたのあなた「中学の時よりはずっと仲良いですからね!」
兼谷「いや〜俺も一瞬心配したんだぞ?ギャラリーであなたのあなたがああ叫んでるってことは…え、まさか、って笑」
あなたのあなた「それはまた要らぬ心配をお掛けしました」
兼谷「あ!それお前心から思ってないやつだろっ!」
私の反応から本心を指摘され、笑って誤魔化す。
相手をよく知っているのはお互い様だったようだ。
兼谷「まぁ上手くやれよ。あと、春高2次予選で戦うことになったら、白布には悪いけど負けてもらうからな!!」
あなたのあなた「望むところですっ」
中学時代の先輩の明るさも頼もしさも健在で、
その懐かしさに元気をもらえた私は、かつてと同じように笑顔で別れることができた。
仁花「あ!あなたのあなたちゃん戻ってきた!」
あなたのあなた「ごめんね!遅くなっちゃって…今何セット目?」
山口「角川が1セット取ったところ。たぶんこの試合早く終わりそうだね…」
山口くんが言葉を濁しながらコートに視線を向ける。
それを追って私も試合を見ると、そこには圧倒的存在感を放つ長身の選手がいた。
角川「ブロック3枚ー!」
ドカッ
バコンッ!!
『ナーイスキーっ、う・し・じ・ま!!』
IHの試合と重なる。
ブロックをものともしない、強烈なスパイク。
コートの誰よりも大きな絶対的能力を持つ者。
あなたのあなた「牛島さんに似てる…」
思わずこぼれた本音に、近くにいた烏野の選手がびくりと肩を震わせて、壊れたブリキ人形のようにギチギチと首を回してこちらを見る。
日向「身長201cm、第2のウシワカ……」
あなたのあなた「やっ、日向そんなビビることないって!?」
ガチガチに震え上がる日向の両肩をガシッと掴み、正気を戻そうと試みる。
日向…試合中は怖いもの知らずなのに、どうして試合前はこんなにガチガチになっちゃうんだろう…。
何か改善策を立てなければ、と思案しながらも、今は目の前のこの状況を戻さなければ。
そう思って、もうひとつ抱いていた“感想”を口にした。
あなたのあなた「でも多分…あの2mは牛島さんほど脅威じゃない」
烏野「……?」
あなたのあなた「単純な“高さ”と“パワー”だけで、技術はまだ覚束無い。しかもパワーは牛島さんの方が当然ながら勝ってる」
私はみんなを見回すと、にっこり笑って彼らを鼓舞する。
あなたのあなた「この試合…今の烏野なら勝てます。勝って2次予選へ、白鳥沢倒して全国に行きましょう!」
私のエールに烏たちは力強く応えた。
作者より)『いい子って、大変なんだね……お兄ちゃん。』
もうすぐ♡×10000です!ありがとうございます!!!!😭
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。