岩泉「おい、クソ川!また監督に怒られ……って、」
英と及川さんが互いを睨み合っているなか、同じ青城の白いジャージを着た選手が、及川さんを呼びに来た。
及川「あーあ。岩ちゃんってばタイミング悪すぎーっ」
さっきまでの張り詰めた空気や視線はスっと解けて、いつもの軽い態度に戻った及川さんがそう呟いた。
岩泉「って国見も一緒だったか。…コイツがまた何か迷惑かけたか?」
国見「…そうですね。迷惑っちゃ迷惑でした。」
及川「ちょっと!?国見ちゃん!」
英が先輩相手にハッキリと物申すから、思わず吹き出してしまうと、「ちょっと!あなたのあなたちゃんも笑わないの!」と巻き添えを食らって怒られた。
岩泉「?国見の…知り合いか?」
そう聞かれた黒髪短髪の先輩に、「あ、はい。英の…元(?)幼なじみです。」
そう言ってペコッと頭を下げると、そういえば、最初にピースしてた及川さんを制した人だ…、と思い出した。
国見「別に、“元”とか要らないだろ。」
あなたのあなた「そういうものかな…?」
国見「……なに。幼なじみが嫌なんだ、」
あなたのあなた「なっ…、そんなこと言ってないじゃんっ!」
慌ててさっきの自分の言葉を否定すると、英は満足気に、…けど少し不服そうな光を瞳に宿しながら、無言で私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
及川「……って幼なじみ!?」
国見「…何か文句でもありますか?」
及川「いや、及川さん聞いてないんだけど!」
国見「今初めて言いましたから。」
及川「じゃあ、あなたのあなたちゃんはなんでデートした時に話してくれなかったの!?」
しつこく食いつく及川さんに「…いや、その時は私、英が青城にいるって知らなかったですから。」と言い訳をする。
及川「幼なじみなのに…!?」
あなたのあなた「引っ越したんですよ!だから“元”って言ったじゃないですか!」
国見「________デート?」
英の低い声に、背筋がビクッと震えた。
国見「………あなたのあなた、及川さんとデートしたの?」
あなたのあなた「…デートじゃないけど、買い物には付き合ってもらったよ…?」
及川「それをデートって言うんじゃん。」
岩泉「おい、及川。お前は黙ってろ!」
言葉と共に言い訳を拳で制すると、及川さんは「痛いっ」とオーバーリアクションをする。
…けど、そんな及川さんの反応も気にしてられないくらい、私の心は焦っていた。
あなたのあなた「え、と………英?」
国見「…その時、香水もお揃いにした訳?」
あなたのあなた「……お揃い、って…誰と?」
英の言ってることが理解できなくて、質問返しをしてしまうと、英は目を大きく見開いて、「……意図的じゃなかったってこと、か。」と独り言を呟いて、及川さんの方を真っ直ぐに見つめる。
及川「く、国見ちゃん顔怖いよ〜。ほらリラックス____」
国見「…ただ及川さんが同じ香水にしただけじゃないですか。ストーカーみたいですよ。」
そこまでハッキリ言ってしまう英に、逆にこっちが背筋が凍りかけて、「…英、それは言い過ぎじゃ…」と言いかける。
国見「実際、そうじゃないですか。年下の女の子と意図的に許可なく同じ香り身にまとって、一人満足気に鼻歌なんか歌って。」
岩泉「…おい、国見も言い過ぎじゃねぇか。」
先輩が止めてくれても英は勢いを止めず、さらには及川さんも英に対抗し始める。
及川「だって、あの香水俺がプレゼントしたやつだし!それに、あなたのあなたちゃんが誕プレ選ぶのを手伝ってあげて______」
あなたのあなた「わっ!お、及川さん…!それ以上は……、」
私は勢いのまま自然と英の腕を抜けて、及川さんの腕を掴んで言葉を止めた。及川さんは不思議そうな顔で私を見返す。
及川「…?別に隠すことでもないじゃん。」
あなたのあなた「あ…やっ、私…今は烏野の試合見に第一体育館に来たので!そろそろ試合始まっちゃうし…」
私の言葉で、短髪の先輩も我に返ったように「ほら、国見も。また溝口コーチに怒られるぞ。」と言って、私の手を再びとろうとした英のジャージの後ろを掴む。
あなたのあなた「すみません、失礼します…!」
浅くお辞儀をすると、私はそのまま走って応援席まで戻っていった。
……危なかった。英に知られちゃうとややこしくなっちゃうからなぁ、
階段を上りきり、応援席に入る入口手間の角の影で息をつくと、立ち止まって息を整えた。
いくら幼なじみでも、“あのこと”を知られてはいけない…。
私はもう痛いくらいに理解してる。……結局、そのことで私がお兄ちゃんに迷惑をかけてしまうってことを。
『いいな、賢二郎に迷惑だけは掛けるなよ。』
…英にも秘密を作るのは、結構キツいな………。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!