第71話

昔のまま
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2021/08/09 08:23




〜国見side〜




いつの間に、こんなに知らないあなたのあなたが増えてたんだろう。






『英くーん!早く外で遊ぼうよ!』


昔はもっと明るくて、無邪気で。






『あははっ笑!英くんってば…!』


いたずら好きで、騒がしくて。






『ねー宿題のプリント見せてよーっ』



俺よりバカで、忘れっぽくて。






俺と、まるで正反対な奴だった。






だからあなたのあなたが気になって仕方なかった。




嫌だとか、苦手とか、そう思った時点であいつのことを気にしている証拠で。




……恋だったって気づいたのは、あなたのあなたが引っ越して行った後だった。







それまでずっと一緒にいたのに、隣の家で毎日嫌でも一緒だったのに、



……会いたい。そう思っても、宮城と兵庫の距離は当時小学生の自分にはどうにもならなくて、もどかしかった。












あなたのあなた「ねぇっ、英……?」



戸惑った表情で、下から俺を見上げるあなたのあなた。




不安そうに見つめるその潤んだ瞳も、小さい頃からよく見てきた。




……そのはずなのに、あなたのあなたが俺の知らない誰かになったようで、1人遠くに飛んでいってしまいそうで。




国見「黙って、」



俺は自分の頭をあなたのあなたの肩に沈めると、そこで大きく息を吸った。





あなたのあなた「……ん、ぅ…っ」



妙に色っぽくなったその声も、顔にかかった柔らかい髪も、鼻から入ってくる及川さんの香水の匂いも気に入らなくて…







……俺だけの知ってるあなたのあなたが見たい。











チュッ







あなたのあなた「なっ……///」



国見「…怖いの飛んでったろ、」





あなたのあなたは真っ赤な顔をして、自身のおでこを左手で抑えた。






それは、小学4年生の時、キャンプの肝試しで怖い怖いと泣いていたあなたのあなたを泣き止ませるためにやったおまじないをした直後の反応と、全く同じものだった。







国見「……やっと見れた、その顔。」






涙の引っ込んだその大きな瞳を穴が空くほど見つめ、口角を上げていた。




















及川「…国見ちゃん。」




今、1番会いたくなくて、話さなければならない相手が来るまで。



























〜あなたのあなたside〜




チュッ




突然のことにびっくりして、脳がフリーズした。



あなたのあなた「なっ……///」



思わずキスされた所を手で押さえると、英は珍しく笑顔になった。




…これ、肝試しで怖いって私が言ってた時のおまじない…。




やっぱり英には分かっちゃうんだなぁ…。私が怖いって思ってたこと。




________英が少し怖かった、なんて言えないけど。








急に距離の縮まった英を見上げ、掴まれた手から抜け出そうと無駄な抵抗をして…



初めて英を“男の子”なんだって認識し、同時に少し恐怖も感じた。





英は、私を安心させたいの?怖がらせたいの?



……英のことは何でも知ってるって思ってた。5年経っても、英は英のままだって。







だけど、時より見せる英の“男の子”の顔は、怖い……。













及川「…国見ちゃん。」





英の背中にそう声をかけた主である、及川さんとパッチリ目が合う。




……この人を避けるためにここに来たのに、






英は押し付けた腕を壁から離し、私の右手は繋いだまま及川さんの方を振り返る。





国見「……なんの用ですか。及川さん」


及川「金田一が心配してたよ?国見ちゃんが急にいなくなるから。」


国見「…すみません。ウォーミングアップまでには戻るので________」


及川「それもダメ、」




英が不機嫌度Maxに顔をしかめるのが分かる。



こういう時の表情は豊かなんだよなぁ……、なんて呑気に考えていると、






及川「それに、俺もあなたのあなたちゃんに用があるからさ。」




及川さんの発言に、私は驚いて固まり、英は余計に眉間にシワを寄せた。握る手も力が加わり、思わず「英、…手痛いよ。」と声を上げてしまう。






国見「…こいつは俺のなんで。」



及川「そんなこと言って笑……国見ちゃん、焦ってるのバレバレだよ…?」






及川さんの一言に、英は視線を逸らした。…まるで図星かとでも言うように、焦っている英は初めて見た。




かといって、このまま収拾つかなくなるのも大変だったから、私は2人の会話に無理やり割り込んでいった。








あなたのあなた「…あの、私は及川さんのものでも、英のものでもないんですけど。」




突然、2人して口をつぐんで、辺りに沈黙が広まる。





国見「、フッ…笑」


あなたのあなた「えぇ…笑うとこ?」




英に鼻で笑われて、そのことを追及すると、及川さんも目を丸くする前で言った。





国見「いや、前のあなたのあなたもそのぐらいハッキリ物申してたの思い出して…、」







…あぁ。そうだった。昔は今より活発で、英を振り回してばっかで。





今みたいに、“いい子”とか“優等生”にこだわらなくてよかったから________








あなたのあなた「…そうだったね、懐かしいや。」






…けど、今の私にあの頃に戻るっていう選択肢なんてない。






私は、“いい子”でいなきゃいけないから……。















その理由を、いつか英に話せる日は来るだろうか…?






繋がったままの右手が熱くて、恥ずかしくて、




…でも、その手を離して欲しいのは羞恥心からだけでなく。私を思いやってくれている英への、隠し事をしている罪悪感からなんだろうな……そう思った。

















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